昭和20年代 戦後の混乱期で社会的な変動も激しい時期で教育の面でもさまざまな試みがなされた時代でした。そんな中、昭和24年に「鳥取2隊」は発足しました。今から55年前のことです。
その年の日本といえば第1回「母の日」が制定され、湯川秀樹がノーベル物理学賞を受賞。プロ野球ではセ・パ両リーグに分裂。お年玉つき年賀はがきが現れ、美空ひばりが笠置シズ子の東京ブギウギで脚光を浴び、「銀座カンカン娘」、「悲しき口笛」、 「トンコ節」、「鐘の鳴る丘」、「長崎の鐘」。などがヒットしていた時代です。
さあ、55年前の鳥取第2団へ皆さんと共にタイムスリップしてみたいと思います。

昭和24年11月13日(日本連盟登録承認第17号)が鳥取連盟の正式な記録として残っています。24年頃の鳥取2隊は北村伊三雄 育成会長、組原 薫 隊長と日進校区の6名の隊員で構成されていました。昭和26年大島洋先生が日進小学校に赴任した時には、田邨一郎 隊長の下で6名のスカウトが訓練を行っており、隊長手製の隊旗(白布にスカウトマーク・隊名をクレヨンで描きアイロン掛けをしたもの)を揚げ、おおち谷神社、砂丘にとでかけていました。この後大島先生も見学参加を経て入隊を許されました。またこの年に西中から野村茂先生、中3の小谷、角田、中村の3名の入隊があり日進の6名を加え2班編成となり新しい2隊が誕生しました。また昭和30年には足立益二団委員長が着任されました。 昭和31年 記念すべき第1回日本ジャンボリーが8月3日〜7日と長野県軽井沢で開催されました。鳥取2隊からは田邨一朗派遣団長と大島洋、小谷怜のリーダーが参加しました。この時のジャンボリー新聞の掲載記事によると健児一万三千〜声高らかに歌おう 発電車3台を配置〜ジャンボリー現代版 皇太子殿下〜軽井沢大会にお出かけ 吉田首相B・Sをほめる 優勝タテがでる〜多催な運動競技と紹介してあります。
昭和32年8月2日〜4日 西日本ボーイスカウト大会が松江市末次・宍道湖畔で実施されました。鳥取2隊の隊旗にカンテラのろうそくの火が移り燃えてしまうという大変な出来事が発生しました。それ以来2隊でのカンテラは禁止されたと聞いております。 昭和33年4月1日 年少隊(カブ隊)の登録が承認されました。初代隊長には小谷怜隊長が着任 少年隊には大島洋隊長が着任されました。
昭和34年 第2回日本ジャンボリー 8月6日〜10日 滋賀県饗庭野で行われました。 本隊は8月5日早朝出発 参加費年少隊950円、少年隊500円、父兄1700円 6日の開会式は猛台風となり、ずぶ濡れの行進となり、行進後にテントの中に穴を掘り炭火で衣服を乾かしたことは今でも語り草となっています。 またこの年は少年隊員の増加によって少年隊再編成を行いました。1隊隊長 大島洋隊長・2隊隊長に村田和雄隊長それに小谷怜隊長の年少隊をあわせて約100名の世帯となりました。 第2回日本ジャンボリー
昭和35年 8月17日〜19日 鳥取連盟創設10周年記念大会 近畿大会をかねて鳥取大学砂丘研究所付近で開催され約1300人の参加がありました。 昭和36年 8月7日〜10日 西日本キャンポリーが岡山・蒜山原で開催されました。
浜本義郎団委員長が着任されました。
昭和37年 浜本義郎育成会長が着任されました。             第3回日本ジャンボリーが8月3日〜8日 静岡県・御殿場で行われました。2団は2隊編成(総員25名)で参加することができ県連派遣団の奉仕要員、派遣隊の指導者に加え、見学隊の要員を確保できるまでに発展し2団の充実期に入ったことが認められる時期でした。 第3回日本ジャンボリー お美しい
この年に少年隊に岡田一壽隊長が着任されました。昭和40年5月9日 第16回植樹祭が皇太子殿下を招き大山で開催されました。 スカウト達は現地での国旗掲揚、警備の予行を行い当日は緊張の中にも見事に大役を果したスカウト達のたくましさに感動したものでした。 昭和41年 8月5日〜9日 第4回日本ジャンボリーが岡山県日本原で開催されました。鳥取第2団は岡田一壽隊長のもとに13名のスカウトが参加しました。1列左より 片山副長・岡田隊長・大島事務局長・村田県連事務局員・小谷カブ県副コミ(鳥取2団カブ隊長) 2列左より 山中・中島・米村・横井弟・湧本・横山・山川 3列左より 横井・難波・須崎・滝山・清水・浜本・秋本副長
第4回日本ジャンボリー 第4回日本ジャンボリー


昭和42年 鳥取県大会 東伯下北条西新田場  スカウト達の頑張りが実り技能会で初優勝という優秀な成績をおさめることができました。シニアスカウト達が後輩スカウト達の面倒をよくみていた成果でした。 県大会参加のカブ隊
昭和42年 年長富士野営 山梨県 日本連盟山中野営場で開催されました。 富士野営とは今でいうベンチャー大会のことで、鳥取第2団からは6名のシニアスカウトが参加しました。旅費は急行券400円・指定券100円という金額でした。 昭和43年 この年より少年隊は細田利行隊長 年少隊は山田豊蔵隊長にと引き継がれました。県大会は鳥取16本松で行われ市中行進するスカウト達の当時の写真をご覧ください。また朝・夕の特訓つんで参加した結果、米子2団に0.5差というきん差で惜しくも第2位となりました。この時代はシニアスカウトのサングラス姿を良く見かけます。流行だったのでしょうか?
市中行進 前から3番目がA団委員さん 県大会 ガールスカウトと共に
昭和44年度 日進小学校での上進式(年少隊)の様子です。記録にはデンマザーと保護者に付き添われてと残っています。またこの頃は団発表会が保護者・一般の方々を対象に行われていたようで、2団は日進小学校校庭で行っていました。大きなパイオニアリングを作成していたのですね。  また、鳥取県大会が米子市両三柳で行われ2団のスカウト達はよく頑張りましたが0.1点差という小差で東伯2団に破れ悔しい思いをしました。 カブ隊 上進式
昭和45年 日本万国博覧会が大阪吹田で行われました。この記念大会へ鳥取2団から山川・湧本・浜本・大島スカウトが参加しました。 また、この年は第5回日本ジャンボリーが静岡・朝霧高原で行われました。細田派遣隊長・山田副長のもとにスカウト22名が参加しました。原隊参加としてはこの大会が最後となりました。 昭和46年 世界ジャンボリーが静岡・朝霧高原で開催されました。鳥取連盟は岡田団長のもとに参加しました。当時の静岡新聞をご覧ください。
昭和47年 鳥取県大会が三朝町俵原キャンプ場で行われました。このキャンプ場の川の水は大変きれいで食用に使用されていました。そんな中猛暑の中で生水を飲み食あたりとなるスカウトが続出しました。しかし生水の禁止を忠実に守った2団のスカウトは一人の脱落者もなく技能会に参加し見事優勝旗を持ち帰ることができました。 元気なカブ隊
昭和49年 第6回日本ジャンボリーが北海道・千歳原で開催されました。日本海側をバスで2日間かけて北上し青森と室蘭を結ぶ青欄連絡船で北海道に渡り3日目でようやく会場にたどり着いたと聞いています。ただただすごいですね。 後の2団団委員長と副団委員長
昭和50年 この年 大呂隆通団委員長が着任されました。        鳥取県大会(結成25周年記念)8月8日〜11日鳥取市営キャンプ場で開催されました 昭和51年 西日本キャンポリー大会が岡山・蒜山原で開催されました。鳥取連盟からは250名もの隊員派遣があり2団からは細田隊長・山本副長・スカウト11名のスカウトが参加しました
昭和53年 第7回日本ジャンボリーが静岡県御殿場で開催されました。鳥取2団の育成会長、団委員長を長年された浜本鳥取県理事長と奥様が会場に来られました。
昭和54年 鳥取大会(結成30周年記念大会)8月18日〜20日 鳥取市柳茶野キャンプ場で開催されました。 昭和58年 第8回日本ジャンボリー 宮城白石蔵王で開催されました。
昭和58年 鳥取県大会 鳥取市柳茶屋キャンプ場で開催されました。 昭和59年 鳥取県大会 関金町青少年旅行村で開催されました。
昭和61年 第9回日本ジャンボリー 宮城白石蔵王で開催されました。
昭和63年 この年よりカブ隊に下谷清隊長 ボーイ隊に中田稔隊長が着任されました。
平成2年 ボーイ隊に佐々木洋一隊長が着任されました。第1回カブ隊 カブリンピック 佐治青少年旅行村で行われ、沢山の保護者の方々に協力していただきました。また寺での一泊体験を実施し信仰心を深めることができました。                     第10回 日本ジャンボリーが新潟県・妙高高原で行われました。
平成4年 東部地区野営大会が柳茶屋キャンプ場で開催また9月には団野営大会が智頭の杉の木村で開催されました。カブスカウト達は清流でのやまめつかみを楽しみました。
平成5年 ボーイ隊 秋本道徳隊長が着任されました。 第2回 カブ隊 カブリンピック 岩美いこいの里 8月20日〜22日 何度となく保護者会が中心となり打ち合わせ会を開き当日を迎えることができました。毎日の食事のための蒔きによる火おこしがとても大変な作業でした。                                       東部地区BP祭は担当団が持ち回りで決まっており、昼食の係りもついてきました。鳥取2団保護者会のチームワークの良さがめだちました。 東部地区野営大会は2泊3日で氷ノ山の原野で実施されました。深夜の大雨でずぶ濡れで寝ているスカウト達をログハウスに移動したことを思い出します。
平成6年 第11回日本ジャンボリー 大分県久住高原 参加スカウトがなく見学隊での参加となりました。 団野営大会が安蔵・木土愛楽園で実施されました。最高気温39.5度を記録する猛暑の中での大会となり、その為に用意していたヤマメが酸欠となり死んでしまいました。残念!また東部地区大会は佐治の青少年旅行村で開催されました。この日も暑かったですよ! 平成7年 この年に足立利喜雄育成会長 細田利行団委員長が着任されました。
鳥取2団にビーバー隊が発足したのもこの年です。5名のスカウト(カブの弟・妹)と吉田晴夫隊長でスタートをきりました。9月には3名上進してしまい残ったスカウトが2名となってしまいました。ビーバーカブ舎営大会が国府町 旧上地小学校で開催されました。古い校舎での舎営はお化け屋敷気分でドキドキしたものです。                         地区の大会は東浜小学校で行われました。 夜のファイヤーは雨で中止となりましたが、2日目は晴天となり最後に海水浴を楽しみました。 この年より3年間県大会にビーバー・カブ隊が参加することができました。この年は砂丘サイクリングセンターで実施され「忍玉乱太郎」を題材に楽しいプログラムが組まれました。
平成8年 隊員募集により新たに沢山のビーバー入隊者があり活動に活気が出てきました。団野営大会は第3回ビバカブリンピックとし岩美いこいの里で2泊3日で実施されました。また東部地区大会は八東町竹林公園で開催されました。県大会は関金町の青少年旅行村周辺で実施され少ないながらも頑張るスカウト達でした。また2団創設45周年の年でもあり、11月には沢山のOB、保護者、地区関係者を招き盛大に式典が行われました。 平成9年 県大会はボーイ隊が大山寺キャンプ場・ビーバーカブ村が中の原ヒュッテで行われました。営火のスタンツで2団スカウトが歌ったカブソングメドレーが他団より絶賛されました。大山の星降る夜が忘れられません。地区大会は東郷小学校を借りて実施されました。この年よりビーバー村がカブ隊より独立して実施されるようになってきました。団の野営舎営大会は7月に明治小学校で予定されていましたが2度の台風とぶつかり延期。やっと8月の後半に実施しました。
平成10年 第12回日本ジャンボリーが秋田・森吉山麓高原で実施されました。2団からは秋本、山本、竹内スカウト3名が参加しました。雨のジャンボリーとして後世に残る大会となりました。地区大会は気高町の逢坂小学校を借りて実施されました。やはり雨の東部地区となってしまいました。 団野営大会は安蔵の木土愛楽園で2泊3日で実施されました。川をせき止めダンボール船を浮かべ、トーテムポールを作ったり有意義な3日間でした。朝夕のブヨの襲来には苦労しました。(ビーバー隊)
平成11年 カブ隊に小林弘泰隊長 ボーイ隊に中谷康人隊長が着任されました。県大会(結成50周年記念)が青島公園にて行われました。  団野営舎営大会は2泊3日で明治小学校で実施され環境をテーマにしたプログラム・ゴミゴミ大魔王との戦いが話題を呼びました。地区大会ではジャスコ駐車場にて体験コーナーを作り鳥取市民にアピールすることができました。毎年のカントリー大会参加者も増え、日本連盟のポスターに2回も乗せていただきました。 カントリー大作戦
平成13年 ボーイ隊に森脇昇隊長が着任されました。           地区大会は旧小鷲河小学校で行われ川遊びを中心としたプログラムを楽しみました。鳥取2団創設50年目となる年で県民会館にて記念式典を行いました。 団野営大会は50周年記念大会として兵庫県兎和野高原野外教育センターで実施されました。すばらしい自然環境の中でプログラムを実施することができました
ベンチャー隊は安蔵の森林を開拓してツリーハウスを作成しました。また第13回日本ジャンボリー 大坂・舞洲が行われ岡田派遣団長をもとに2団からは6名のスカウトと2名のスカウトが参加しました。 平成14年 団野営舎営大会は国府町旧大茅小学校で実施され、ビーバーカブは第4回ビバカブリンピックもかねて共に競い合う楽しい舎営となりました。
平成14年11月号スカウティング誌に鳥取2団が紹介されました。タイトルは「手作り感覚で活動展開」と標記してありました。最後に団全体が1つの大きな家族のような鳥取2団でした。で終わっています。いつまでも楽しい家族でありたいものですね。12月28日から翌年8日にかけて秋本・山本スカウトがタイ国で行われた世界ジャンボリーに参加しました。 この年は国民文化祭のオープニングパレードに参加しました。歩くの短く待つのがとても長く感じました。
平成15年 県大会(創設55周年記念)は台風の影響で境港市民の森から米子美保学園内で開催されました。2団からボーイ11名ベンチャー1名が参加しました。また団野営大会を国府町旧大茅小学校で開催された。地区大会は岩美いこいの里であったが大雨の中での大会ではあったがスカウト達はよく頑張って2日間すごしてくれた。 平成16年 毎年恒例の長田神社での初詣である。発団当初の話として2隊スカウトは大晦日それぞれ鍋に入れる材料を持ち寄りその闇鍋を食べ紅白が終わる頃に、聖神社、栗谷神社、長田神社を回り、ご来光を眺める為に久松山山頂を目指したと聞いています。形は違っていますが今もその精神は受け継がれています。又カントリー大会などの奉仕作業にも進んで参加するスカウトが増えてきたことは喜ばしいことですね。また団野営大会は気高町旧小鷲河小学校で実施しました。久々に復活した各隊で作る夜のバイキングが美味しく楽しいものです。地区大会は氷ノ山キャンプ場で実施しました。
平成17年 ボーイ・ベンチャー隊が若桜から鳥取を深夜歩くオーバーナイトウォークに挑戦しました。沢山の指導者・保護者の方のサポートがあり皆無事に鉄道公園に帰ってきました。団野営大会は旧大茅小学校で開催されました。隊を解体してのゲーム遊びはビーバーからベンチャースカウト達が楽しんでくれています。またこの年にはまなびピア鳥取が開催され指導者・ベンチャー隊がスカウト運動を多くの方にアピールしました。 平成18年 第14回日本ジャンボリーが石川県珠洲市で開催され2団からボーイ11名・ベンチャー3名・指導者6名が参加しました。また見学隊でも沢山の方が珠洲の地を訪れました。地区大会はボーイ村が青島公園・ビーバーカブ村が旧小鷲河小学校で開催されました。
鳥取第2団 タイムスリップ