きのこ賛歌

宝山扇ノ山

  ナメコ……モエギタケ科。表面は著しい粘性を持ち、傘は茶褐色で
  周辺は淡黄色。他のきのこの少なくなる晩秋から初冬にかけ、ブナ
  の原生林の沢筋などに多数かたまって発生する。幼菌は汁の実、傘
  を開いたものは鍋物など。日本特産。

オートバイで深山に分け入ること一時間
明らかに風景が変わり木立はブナ林になってしばらく
灌木をかき分け 小川に沿って上っていく

腰をかがめたまま下ばかりしか見えず三十分も歩いた頃
分水嶺近くとうとう小川が姿を消す
そこにめざす宝の山を発見する
しっかりと傘を開いたつややかな黄茶色のナメコたち
最初の一本を見たとたんに
脳細胞は早くも次のコンマ一秒後に見るべき本数を
多少多めに暗算している
これからがわざと動作をゆっくりとする幸福な時間だ
一本たりとてつぶさぬように気を配りながら
なるべくそばに寄って腰を下ろす
まだ弁当は開かない
まずこのごちそうを目で充分にいただいてからだ
リュックを枯葉の上に放りだし
遅めの昼食をそっと取り出す
急がないこと
手さぐりで取り出さないとナメコから目が離れてしまうから
ゆっくりと目を移しながら
黄金色の行進をたどっていく
隊列から外れた一人も見落とさぬように

人員点呼が終わると やっと握り飯にかぶりつく
弱いながらも暖かい晩秋の日溜まりに気付く
朽ちた木の香が満ちている
今日の弁当はなかなかうまい
三十分もかけて腹と胸は一杯になる
五センチの傘のナメコだから
一本ずつていねいにむしっていく
(いよいよナメコ界に入りましたぞ)
(油断なさるな各々がた)
(この近くにいくつかの大群が潜んでいるのは必定)
(ムキタケなどどうでもよろしかろう)
(捨てなされ)

誰が信じるだろうか
風雪に倒れたと思われる径一メートル以上のブナの株に
木肌も見えぬほどのナメコの幼菌が
黒光りしてびっしりとひしめいている
手を触れることも忘れてあきれるばかりの光景……

二、三センチの傘のつぼんだままのナメコは千本はある
十一月半ばの日付と場所を胸に刻む
一生覚えているだろう
何度も夢に見るだろう
もはや他のきのこを探す気も失せて
リュックに重いナメコを
誰に配るか考えながら
一刻も早く家に着くために
オートバイを走らす山道は
岩をかむ渓流を何本も横切って 

マツタケの話

どうですか 採れましたか
いや 今来たところで 全然だめですわ
お互いに採っていても
これがマツタケ山の挨拶
仲間も相手もわかっている
袋の大きさでもう判断している
礼儀にかなった明るい挨拶である

そっと松葉をかき除ける
薄黄色の頭が見える!
時には横倒しで生えている
土から二センチも頭を出していれば立派なもの
その倍も土の中に埋もれている
四、五センチの太さの頭が見えた時の心臓め
縮みあがってしばらく打つのを忘れそう
起き上がり小法師のようなのや
ずん胴のもやしっ子や
これからという時に根こそぎ容赦なし
でなけりゃあんたが持っていくから
三日おいとけば という仮定の話は
今は誰だって信じない
自然と袋は小物が多い

家に帰りついてからが大変だ
一本ずつていねいに新聞紙の上に並べられるのを
仲間と家族が車座になって
あれこれ感想を述べながら見守ることになる
そのうち何本か姿を消したかと思えば
土瓶蒸し 姿焼き 炊き込みご飯 お吸い物
幸せそうにお色直しをすませている

魔法の香りが立ちこめる中で
しかめっ面なんかしていられない
おい あしたも行こうぜ
今すぐ死んでもかまわないと思うが
明日の朝までは生きていよう
いや 採ったやつを食うまでは生きていよう
そんな楽しい マツタケの話

初霜を越えて

砂丘の松林に出るきのこがある
と知ったのは何年も前だが
広い砂丘のどのあたりに出るのか
誰に聞いてもわからなかった

晩秋 松の落ち葉に埋もれて
すがしい黄色に開くのだという
シモコシという名からは
初霜の後でも育つとうかがえた

よく晴れた十一月のある日
松林の中の深い苔を
見渡す限り耕したかのような所があった
誰が 何のために まさか

そのまさかが確かなこととわかったのは
掘り返された苔の下から
一本の黄色いきのこをみつけた時だった
図鑑通り傘にはこげ茶色の鱗片もあった

やがて手つかずの地面に
丸い黄色い頭をみつけた時
思わず声をあげていた
肉厚の硬い傘 下ほど太い茎

すまし汁 バター焼き 炊き込みご飯
特に天婦羅のうまさには驚いた
食べられたシモコシよ
やがて私から生えてこい

妖精(フェアリー)の(・リ)輪(ング)

松まじりの雑木林の尾根を歩いていた
ふと目を遣ったほの暗い斜面に
いくつかの白っぽいものがかすかに見える
目を離せず下ってみると
ワインカラーの衣装の妖精たちが
きれいな輪を作ってダンスに興じていた
手のひらほどのスカートをひらめかせ
すんなりと伸びた脚で
肩を寄せ合い 手をつなぎ
弧を描いた百人もの妖精たちが
急な斜面でくるくると踊っている
初めて出会うサクラシメジの大菌輪だ
傘の中心部は名前の通りのさくら色
ふちの近くはほとんど白だが
締まった柄もほんのりと色づいている

森の伝説でリュックは一杯になり
しゃきしゃきした糀漬けの歯ざわりを
ふた月も早く心の中で味わいながら
人目を避けて山を下っていく

ナメコの話

予想外の雪を踏みしめて
それでも例のブナ林を目指す
ぬかるみに足をとられ
雪で倒れたスズコ竹にすべり
とげのある低木にひっかかり
かっこ悪くはいずりまわったあげく
やっと雪に埋もれ残る
金貨の重なった宮殿の前に立っていた

つややかに光る丸い傘は
ふちは淡くまん中は少し色濃く
しっかりした柄に支えられて
少しずつ階段状にずれながら
決して外からは正しく数えられない
それは傘の奥にもまた傘が
幾重にも隠れているからだ

まじめに一本ずつハサミで切って袋に入れ
かじかんだ手でナップサックを開き
ラップにくるんだ握り飯三個取り出し
おかか うめぼし おかかの順にいただいて
帰り途でまた金貨の山につきあたる
目尻を下げて犬のようにはあはあ息をし
しまいこんだ袋をもう一度ひっぱりだし
またまじめに一本ずつハサミで切って
もうそれからはぼっかけられるように下る

たどり着くなり鍋の用意だ
豆腐と白菜だけでいい
大根おろしに振った一味がきれいだ
スダチをしぼっていい匂い
一本ずつ名を言って食べろよ と言うと
家族みんな素直に従う
意外にもまずムキタケが取り合いになる
次に柄がビロードのエノキタケ
ナメコの話は誰もしないで数だけが減る
鍋はすっかり空になって
ナメコで胸がいっぱいになった

変化マツバハリタケ

重なった松葉をこんもりと盛り上げて
何かしら隠れている
松葉のすきまから白っぽい姿が
かすかにほの見えている
うまく隠れたもんだ
木の葉をかぶって化けるタヌキみたいだ
地中の松の根にしっかりしがみついて
ちょっと力を入れないとはがれない
時には野ネズミの掘った穴の中に
傾いて傘でふたをして隠れている
ころんと裏返してみると針がひしめいている
頭に乗せた松葉を取りはらうと
正体見たり マツバハリタケ
傘は薄茶色でなめし革の手触りだ
柄は固く締まって良い香り

歩いていくと所々に彼らがみつかる
裏返されて亀のように動けないのもいる
シモコシやマツシメジしか知らない輩が
そのまま放りだしているのだ
ありがたくいただくことにする
すぐに持ち歩くのが重いくらいたまる

ほくほくして家に着き台所に立つ
もう一度化けろ ととなえて
石突きの砂と傘の松葉を落とせば
松の香も高い炊き込みご飯や
歯応えのよい吸い物や
酒の肴のつけ焼きができあがる
友人にだけはこっそり教えて食べてもらう
他人は知らないほうがありがたい
おかげで私だけ採りほうだい
あなたも食べたいなら
私と友達になりなさい

テングタケ(毒)

松林にでん でん でんと
いばりくさって立っている
一目で誰だって毒きのことわかる
まだ幼い坊主頭も
成菌の広い傘も
淡色のつぶつぶで飾り立て
しっかり自己主張をしている

蹴とばしていく人もあり
手に取って眺めてから置いていく人もあり
集めた後でまとめて捨てる人もあり
食べて当たってニュースになる人もあり

ところがどっこい驚いた
こいつを食べる地方があるという
食菌名 ツルタケ
塩蔵三か月後は重厚な味わい とは
食ってみるか

三か月待ち 塩抜きをして食う
柄のしっかりした歯触り
うまい!のは当然
まずければわざわざ食って当たる人はいない
ところで食べた後どうなったかというと
テングになったんだな
(ウソウソ)

ヒラタケとナメコ

もっと上手な嘘をつけ
手のひらより大きなヒラタケが
足元から手の届かない所までびっしりだと
量ったら十三キロもあっただと
標高千メートルのあの台地なら
十年も前から自分の庭だ
今の季節なら毎週末
きのこ採りで大にぎわいだ
二週間はほっとかなければ
そんな大きさになるものか

冗談じゃない横に目の高さまでナメコも出ていただと
それも柄の長さが十五センチもあって
七センチの傘がつぼんでいただって
何だ十四キロもあったなどと
そもそも立ち枯れの幹に
ナメコがたくさん生えるものか
倒れた大木にさえ
そんなにでたのを見たことはない

いいかげんにしろ
一本の木にヒラタケとナメコが
いっしょに大量に出るなんて
そんなばかなことがあるなら
誰が真面目に栽培するか
もういい
わかったから俺にもちょっとよこせ
このやろう
夫婦だけでいいことしやがって

アミタケ

秋風が吹き始めると
平日の朝だというのに
砂丘の松林は人だらけ
少し歩けば人に出会う
多くは同年代の中年族

豆腐と味噌汁にするっちゅうと
紫色に変わってぬめりが出て
ナメコよりうまいとしたもんです
そこにも小さいのが出とるでしょうが
わしは一時間ほどでこれだけですけど
慣れんとなかなか見つけれませんで
あんたもようけ採りたけりゃあ
もっと朝早う来なんせぇ

中には見知った人もいて
思いがけない同窓会
何が目当てか問わずとも
探しているのはみな同じ
人の数とどちらが多いのか
出ては採られる小さなきのこ
表は落葉と同じ色
裏は網目のスポンジ状
標準和名はほとんど知られず
イクチと言えばすぐ通じる
砂丘のきのこの人気者

雨降り茸採り物語

ナメコ採りはいいもんだ
先を越されないよう早起きし
ブナ林の下をかき分けて
三、四時間も汗を流し
健康に良いことこのうえなし
雨が降ってはいるけれど
おかげで誰も入っていない

大きく開いたナメコの株が
薮を透かして見えるたび
心臓は瞬時に反応し
思わず声をあげてしまう
帰りの荷物が重すぎて
罪悪感まで湧いてくる
明日の休日を待っている
多くの人にすまない気持ち

食べる時がもちろん最高潮
家族だけではもったいないので
友人を何人か招待し
いつもより大勢で鍋を囲めば
話はつんつん盛り上がる
だから毎週山通い
採る前 採るとき 採ったあと
三度おいしいナメコ採り

天気予報では明日一日
降水確率百パーセント
質のよいナメコが育つためには
すばらしい天候になりそうだ
心地よく重い体を横たえて
思い出しながら眠る夢の中でも
やっぱりナメコは花盛り

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