オートバイ詩集

  序

オートバイはやくざな乗り物ですよ
雨が降れば濡れるし
合羽を着こめばうっとうしいし
対向車には頭から泥水をぶっかけられるんです
雪のときなんかひどいもんで
手はしびれるし顔は冷たすぎて痛いし
すぐスリップして転んでしまうんです
夏だって気持ちいいばかりではないですよ
ヘルメットの上から太陽に照りつけられて
頭はのぼせてしまいます
信号で止まれば足の間には焼けたエンジンがあります
車検は軽なみで七、八万はかかる
たとえ自分に落ち度がなくても
接触すれば転んで良くても捻挫です
その上高速料金は普通車と同じ
二人乗りもできないのにですよ……

そう語りつつ彼の視線はうっとりと空の高みに注がれる
実のところ彼はそれでも走り続けたのだ
雨だろうと雪だろうとおかまいなく
いったいオートバイのどこにそんな魅力があるのか言わないが
どんな不便や危険をも補ってなお余りある魅力のあることが
彼の横顔のしまらない口元でわかるのだ
1984.1.2
※当時はバイクの高速料金は普通車と同じで、二人乗りもできなかった。

ハイウェイ
夏のように暑い日だった
そうしなければならい かのように
僕はオートバイで走り出す
目的地はいつもここにはない

タイトコーナーをすっ飛んでいく
内側の足を出して
限界を知っているから
前輪が流れてもあわてない

「安全速度40㎞」
「魔のカーブ」
タイヤのきしむ峠でも既に
時速60㎞

黄色い中央線が蛇行している
ダムがある
山にはつつじや藤が咲いていて
それを僕は見ない

僕の頭はいいかげんだ
日本列島はロードマップのままに
または常に日本海を基準にして
だから目的地を考えることができない

着いたところはいつも目的の地なのだが
僕はいかにしてそこにたどりついたのか
全くのところ不可解だ
ただこれだけは分かる

道路は脳の表面を走る毛細血管のように
日本中のあらゆる街をつなぎ
1億の人々の眠るどの家の門にも
間違いなく通じている……

考えながら実は僕は今
ハイウェイを時速90㎞
きっかり毎秒25mの速さで
地表を滑っていく

エンジンから確実な振動が伝わってくる
キャブのセッティングを変えたから
こいつは今日は希薄なガスを燃している
スパークプラグが焼けないかと気遣う

おととい人が死ぬ事故を見た
道路上のタイヤの跡が気にかかる
今パンクしたら死ぬだろうか
死ぬとあいつは泣くだろうか

自分が血まみれの肉塊となって
オートバイとともに散る場面は
もう百回も見ている
目が座ったのもそのせいだ

バックミラーが役に立たない
不安が胸元まで上がってくる
人間の作った鉄の生物は
あまりにあっけなく人を殺す

道路は恐ろしく単調で
狭まった視野の中を
木々が現れ消えていくのが
僕には見えない

僕の目は蛙の目になってしまう
敵と仲間以外のものを見ない
自然の真っただ中で
蛙は自然を見ていない

太陽が熱い
風が頭の中で吠え続けている
毎分4500回の爆発を繰り返すのは
おなじみのTS400単気筒

積算距離計が49997
49998
49999
魔法のように50000

地球は一周4万kmだという
すると既に僕とこいつは
地球を1周と4分の1の距離を
あくせく走り回ったことになる

ふと見遣ると傾いた日射しが
美しいシルエットを路上に映す
目が釘づけになる
石のような美しさ

オレンジ色に陽は傾く
海の入り日を思い出す
鮮やかな色の犯乱する
海の入り日を

目的地が近い
標識が教える
……出口2㎞
急に命が惜しくなる
1979,5,1

  風

風を切る実感をむきだしの腕が伝えている。
腕を出してツーリングすることは一度だってなかった。
グラブまで着けていないことに思い当たって驚く。
そういえばロードマップも置いてきた。

オートバイを知って8度目の夏をかみしめている。
こんな夏は決してなかったのだ。
ちょっとそこまで買い物に出かける気安さで
200㎞を走ろうとしている。

オートバイに乗るにはまずヘルメットが必要だ。
万一の事故時に命を守るためだ。
次にブーツとグラブも欠くわけにいかない。
転倒時の捻挫や外傷を極力減らすために。
同じ理由で長袖の服と長ズボンが望ましい。
生地は革か厚手のデニムが丈夫だ。
素肌で風を切ると疲労するし何よりも汚れる。
首元まできちんと隠せるものがいい。
マスクやゴーグルも着けるべきだろう。
雨具は常に携行する。
着替えも持っていれば万一濡れても安心だ。
これでやっと私自身の用意は整った。

けれどオートバイのことを考えず走り出すのは素人だ。
予備のプラグ2種類は熱価を変えるときのために。
タイヤゲージで時々空気圧も点検調整する。
もちろん潤滑油の点検を忘れてはいけない。
最後にロードマップをすぐ見られるところに入れる。
もっと慎重な人ならパンク修理の道具も持つ。
ロングツーリングだとチェーン引き用のモンキーもあるといい。
これらのうちひとつでも欠けていたらサイクリストではない。
そう思い実践して丸8年以上が過ぎた。

今ヘルメット、合羽、プラグの用意だけはある。
2キロ足らずの職場に行く身軽さだ。
その時初めて強く感じる風の熱さ。
道路の上には実に多くの熱気団がたゆたっている。
腕の体毛の一本一本が風にふるえながら感じとっている。

速度は60キロでいい!
直線的に伸びたハンドルは腕とともに翼を形成する。
ただまっすぐな道路に従って駆けていく。
それがどうして心を弾ませるのか。
走るために生まれたオートバイよ。

ビッグバイクに乗るとき人は愚直にならねばならない。
小さなバイクなら強引に動かすこともできよう。
ビッグバイクの重量は当然強烈な個性を作ってしまう。
人はそれに乗るとき自分をマシンに合わすしかない。

そうやってこいつは6万キロを走り切っている。
老いは隠すべくもない。
赤くさびた一本一本のスポーク。
山のすり減った一分山の3本目のタイヤ。
破れて張り替えたシート。
油と泥水にまみれたエンジン。
はげかかった塗装。
もう長くは持たないだろう。

満7歳を迎えたハスラー400と走りながら
過ぎ去ろうとしている私の青年を思う今
風がさわやかに腕を流れていく。
1980,7,24

スズキハスラーTS400に

もぎたての真赤なトマトのような
みずみずしい夕日が山の向こうに沈む
その方角めざしてオートバイは走る
山を越え 川を渡り 西方へ
ふるさとへ
満12歳のオートバイは
長男より八つ年上
奇しくも単生日は同じ7月8日
あと二週間
〈50キロで走れ〉
〈70キロで走れ〉
〈止まれ〉
〈フル加速せよ〉
命ぜられるままに12年間
オートバイは走った
8万キロまであと9百キロ
それで地球をちょうど二周
そのころこのオートバイには
やっと休める時がやってくる
バックミラーさえ品切れとなったオートバイは
もはや車検も通らない
単コロとかビッグシングルとか呼ばれた
その名にふさわしい2サイクル400㏄単気筒
エンジンは疲労の極に達している
毎分3千回転をキープしたとしても
たとえばこの2百キロを走る4時間のうちに
エンジンは何回転することになるのか
シリンダーとピストンの遊びも大きくなりすぎた
燃費はぐっと落ち
キック時の圧縮も抜けるようになった
よくぞ走り続けたと声をかける
こうやって一緒に夕焼けを見るのもあと何回か
8月11日車検の切れる日
その日まで走り続けよ
ゴールは目前だ
1984,6,23

ツーリスト

旅人同志はすぐに親しくなれる
どちらへ だけで充分だ
それはまちがいなく共通の話題
心に満たされぬ空間を持っているから

旅とは旅行のことではない
物見遊山や観光と違い
旅にはスケジュールがないばかりか
目的さえはっきりしないことも多い

いく人ものツーリストとすれ違う
一様にブーツ 手袋 ヘルメットで体を隠し
キャリアに積み上げた荷物ともどもオートバイと一体になって
黒い塊の印象を残して走り去る

あれは俺だ
そのもどかしさの中で
元気でいけよ の心を込めて
すれ違うツーリストに手を上げて挨拶を送るのだ
1984,7,23

ハスラー400廃車

丸い地球は4万キロ
こいつと走った8万キロ
思い起こせば21歳で
まだ若かったころのこと
この12年間が人生を方向づけた
 大学休学 アルバイト 東京 友人の下宿
 ハスラー400購入 一人旅
 野宿 シュラフ 星の下
 丹後半島 見知らぬ家での1週間
 美しい自然 黄金色に輝く残照の穂高
 「わき見するな」の立て札 能登の海
 信州大学の寮 年代物の落書き
 松山 モナミ 阿蘇山 別府の地獄
 坊津 小岩井農場 足摺岬
 そこで常に確認してきた自分の位置
これでやっと5年間
職についてからの7年間も
こいつはみんな知っている
初めての大都市 西宮
人並みの苦労 結婚 3人の子ども
その間こいつが西宮と鳥取を何回往復したのか
今ではすっかりわからない
1984年7月30日
ハスラー400廃車
80128キロでメーターは止まった
1984,8,22
 

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