誰そ彼ゆく山と川

目次

空耳なら
言えなかったこと

夕暮れの来襲
竿は釣人の命
老いの実感
納竿の儀式
豊かに流れる澄んだ水に
氷ナメコ
消えるヒラタケ
ツルリムキタケ
松茸の夢
百歩ナラタケ
神出鬼没ハタケシメジ
わらび採り
合歓の花の季節
野営場の朝
同窓会に招かれて
二十五年ぶりの同窓会
カンボジアの遺跡群
ベトナムの街角
息子の暮らすバングラデシュ
おもちゃをとりあげられて
病院の怪談
一日
知らない世界へ
覚悟したいしょく
遺言Ⅱ



夕暮れの来襲
竿は釣人の命
老いの実感
納竿の儀式
豊かに流れる澄んだ水に
氷ナメコ
消えるヒラタケ
ツルリムキタケ
松茸の夢
百歩ナラタケ
神出鬼没ハタケシメジ
わらび採り
合歓の花の季節
野営場の朝
同窓会に招かれて
二十五年ぶりの同窓会
カンボジアの遺跡群
ベトナムの街角
息子の暮らすバングラデシュ
おもちゃをとりあげられて
病院の怪談
一日
知らない世界へ
覚悟したいしょく
遺言Ⅱ

川柳集「歩」に寄せて
子は親を超えていく

あとがき

    空耳なら

山奥の渓に下る前から
時刻が遅すぎるのが気懸かりだった
陽は既に傾きかけていた
禁漁前の最後の休日で
それでも来るしかなかったのだ
渕でねばりすぎたが
うまく大ヤマメを掛け
移動しつつヤマメとイワナ
たそがれが近づくにつれて
渓流がささやき始めるのはいつものことだが
今日はことに騒がしい
不意に耳元で女が叫び声をあげる
背筋にぞっと寒けが走る
怖いながらも薄暗くなる大きな渕で
何匹目かのイワナをびくに投げ込み
あせって竿をしまうなり
急斜面の藪こぎにかかった

もうすぐ山道にたどりつくという時
身近で感情のない連打音が湧きあがる
その瞬間危険に気づく
雀蜂の警戒音だ
しかし道は目前
闇が迫り景色は見えず
もう巻けない
行くしかない
地をはうように身をかがめ
草の根をつかんで急坂に突進する
右腕に 脇腹に
ナイフでえぐられたような激痛が走る
耳元で羽音が重なる……

汗でさらにかすむ夕闇の中を
深傷を負った獣が
巣穴に身を運んでいく

  言えなかったこと

あれは三十代の終わり
こわいもの知らずの元気な盛りだった
いつものようにたった一人で
誰にも会ったことのない源流域に入り込んだ
岩魚の釣れる支流だった
崖下に見える本流には
人が入った気配はなかった
どんな大岩魚がひそむかと
心は躍った

三点支持を保ちながら
慎重に歩みを進め
崖を下ろうとしたやさき
左足を乗せた大岩が
ぐらりと傾き崩れ落ちていく
両手で木の根にしがみついていなかったら
今はあの大岩と共に崖下に落ち
骨を砕いていただろう
岩につぶされ絶命していたかもしれない
両足をぶらりとしたまま
手に力を込めて体をずり上げ
まさに九死に一生を得たのだった

小さな魚に命を懸けるのはおろかだと
頭ではわかっているが
命の懸かる深みにはまりこむ恐れを
釣人はよく知っている

  鈴

渓流釣りを覚えた頃は
岩魚釣りがおもしろくて
地図を見て当たりをつけては
山深く分け入ったものだ
その日も分水嶺近くまで
流れをさかのぼりながら
落ち込みを探っていた
川に沿って曲ったとたん
大きな黒犬がいるではないか
でかい尻をこちらに向けて
地面を嗅いでいる様子
どうしてこんな山奥に犬がいるんだ
吠えるなよ
と思いながら近寄っていくと
首を上げた犬の横顔が見えた
その大きすぎる顔で
犬でないことがわかった
後ろが気になりながら
足をしのばせて下った
それ以来
鈴を身につけている

  夕暮れの来襲

何年ぶりになるだろうか
岩魚の棲む小さな源流に入る
日暮れまで一時間しかない
それでも来たのはわけがある
やっと時間をあわせて
今日は息子を連れてきた
良いポイントは全てゆずり
朱点の美しい岩魚を三匹
弟子に釣らせたころには
渓は灰色に暮れかかって
目印も見えにくくなってきた
その時ふと気がついた
黒い動物が上流からやってくる
熊だ!
叫んで鈴を力まかせに振ると
息子もぎょっとして逃げようとしたが
もっとあわてたのは熊のほうだった
野生の力で急斜面を駆け上がって
すぐに見えなくなった
引き返さなければならない
熊よりももっと恐ろしい夕暮れが
山頂から襲いかかってくる

  竿は釣人の命

道路の崩落のため
解禁半年後やっと
あの山奥の渓に入った
切り立つ崖を
笹や草の根にしがみついて
はるかな谷底まで下る
人のほとんど入らぬ渓
今日も誰にも会わず釣り上がり
かつて記録物の大岩魚を釣った渕に着く

気がつくと空が陰り
遠く雷鳴がとどろく
数尾のイワナの入った魚籠と
カーボンロッドを持ったまま
足がすくむ
ついに稲妻と雷鳴が
狭い空から突き刺さってくる
導体のカーボンロッドは
今は危険な呼雷針だ
雨足が強まり
土砂降りになる
濁って増水する渕で
濡れた竿をまだ仕舞えない

  老いの実感

家からバイクで走り出し
最初の信号を右折
次の信号をまた右折
信号二つで魚の棲む渓に行ける

電柱の番号を目印に場所を決め
釣道具をリュックに詰めて
木の枝や笹につかまりながら
百メートル下の川に下る

今日は納竿の日
今年二度目で最後の渓に
豊漁を願って
餌は多めに用意した

竿を伸ばして仕掛を流し
渓魚がどこで出るか
なつかしいポイントを訪ねながら
木石に化けて待つ

川をさかのぼるにつれて
足がもつれ痛みだす
これ以上は危険と判断する
それでも数尾の土産は釣れた

  納竿の儀式

朝五時に起き
六時に釣り始め
土砂降りの中
夕方五時半に納竿
小さなヤマメ数尾のみ

谷も川も替えてみた
どこも草が踏みしだかれ
車も停まっていた
あちこちに釣人の姿が見えた
良いポイントでも釣れなかった

明日から五箇月の禁漁なので
竿を振る腕も脚も痛むのに
濡れながら釣り続けた
ヤマメが欲しかったわけではない
それでも釣らねばならない日

  豊かに流れる澄んだ水に

漁期最後の休日は
やはりいつもの川にした
曇天の釣日和なのに
小ヤマメ 中ヤマメ 放流サイズ
良い型は出ない
昨年の台風による大増水以来
この川の渓魚はめっきり減った
今年の釣果は例年の半分
大物は一尾も掛けていない

夕刻が近づき ついに
漁期を五日残して竿を納める
それから 願いを込めて
残った餌を流れに投じた
澄んだ水が豊かに流れ続けている

  氷ナメコ

次週のためにと手をつけずにおいたナメコを
雪に阻まれて採れず二度引き返した二週間後
これが最後と三度目のアタックを試みた
四駆をフルスロットルにしても進めない所は
何度もバックし勢いをつけて突っこみ
それでもとうとう途中で動かなくなった
これ以上行くと戻れなくなる
車を捨てて歩くしかない
朝の凍った雪の上に立つと
大小様々の獣の足跡がくっきりと残っている
大きな足跡を見て思わず鈴を振る
固い雪の上を歩くこと半時間
めざすブナの倒木は雪に寝たスズコ竹の中
竹は滑り股まで雪に埋まり
いつもの何倍もの体力を消耗しながら
色も景色も見慣れぬ林を進むうち
急に見覚えのある倒木の前に立っていた
二週間前ビー玉ほどだったナメコは
予想どおりすっかり傘を開いていた
近づくとぬめりがすっかり凍っている
一本ずつ数えながら固いナメコを切っていく
汗で濡れた下着が冷たく張りついてくる
わずか七十三枚のナメコをリュックに入れ
疲れ果ててまた半時間かけて車に向かう時
昼を過ぎてゆるんだ雪の上の獣の足跡は
形が崩れて丸い窪みになっていた

  消えるヒラタケ

小さなものは吸い物や天麩羅たきこみご飯
大きなものは切らずそのままステーキに
ヒラタケは晩秋のきのこの王様だ

天然のヒラタケはそのうまさゆえに
小さなものまで採りつくされ
これまでに何度も残念な思いをした
高い梢の上の十センチのヒラタケも
立ち枯れにびっしりついた五、六センチのも
木の根のほんの二、三センチのも
残したが採れないまま思い出になった

師走の今日
寒気を突いて片道一時間かけ
楽しみにしていた場所に着くと
手のひらより大きくなっているはずの
残しておいたヒラタケの株は
きれいに切り取られてなくなっていた

  ツルリムキタケ

立ち枯れのブナにびっしりと
うちわのような大きさで
重なっているムキタケ発見
ムキタケの名は薄皮がむけやすいから
晴れが続けば乾いて軽いが
しばらく雨が多かったので
一枚でもずっしりと重い
絞れば水が滴る
土地の人がフクロタケと呼ぶのも
水をよく含むからかもしれない
山では人気のムキタケだが
店には決して並ばない
だから採った人しか食べられない
食べた人だけが知っている
割いて鍋やお汁に入れると
ツルリとしたのどごしがたまらない
今夜はキノコ鍋に決まりだ

  松茸の夢

二万五千分の一の地形図で
南向きの針葉樹の尾根を探す
海岸近くの針葉樹は黒松だが
山なら赤松で松茸が出るかもしれない

等高線の詰まった所でなければならない
松茸は多く急斜面に出る
花崗岩が風化した山の
尾根筋なら条件は最高だ

そんな場所を地図にみつけ
もちろん道はないけれど
太陽で方角を見定めながら進む
ウラベニホテイシメジには目もくれず

汗を流し半時間ほど歩いた時
予想した通りの尾根にたどり着く
これも予想した通りの急斜面
赤松の太さもちょうど良い

胸を踊らせ下っていくと
鍋のふたのような傘を開いたキノコが
一目で五、六本も見える
松茸にしては大きすぎる

採った松茸は数キロあった
頭が痛くなるほど強い匂いの中で
毎年採れる松茸の夢を見た
次の秋 松林が切られるとは知らず
  

    百歩ナラタケ

十月の半ば
時に早いナメコが発生する時季
山のようすを確かめに入った
下見が次の成果につながる

ブナ林の入口に
毎年みごとにナメコの出る倒木がある
もちろんまだ気配もない
当然のことだ

根の方に進んでいくと
藪の中が白っぽい
笹の葉ではないし
ブナハリタケかもしれない

気がつくと足元に数本見張りがいる
急いで先に進み
その光景に立ちすくんだ
開く寸前のナラタケだ

無数のナラタケが
三本の倒木を中心に広がっていた
藪の中が白いのは
ナラタケが重なりあっていたからだった

座りこんで二時間ばかり
全ての袋が一杯になり
もう入らない
採りきれない分は残すしかない

手で提げられない重さなので
振り分け荷物にして肩にかけたが
あまりの重さによろめいて
百歩も歩けなかった

  神出鬼没ハタケシメジ

長い長い夏だった
やっと秋風が吹き始めてしばらくして
ハタケシメジが出たと聞いた
一週間前には気配もなかったのに

冷たい朝の空気をかき分けて
裏山のいつもの場所に着く
枯れ葉に化けているハタケシメジを
うまく見破らなくてはならない

人間が好きなハタケシメジは
道の端や道の上に出没するので
うっかりしていると帰り途で
自分が踏みつぶしたのをみつけたり

あった!
最初の一本をみつけたら
その近くをじっくり探すこと
決して動き回らぬこと

そのうち草葉の陰から
一本 二本と姿を現す
それまで化けていた木の葉が
キノコになって出てくるのだ

去年より少しだけ居所を移して
彼らは生きている
だからこれまで出た場所の近くは
すっかりみつけだせる

子どものキノコは残しておいて
出たことのない先まで散歩する
それでも丹念に探すのは
新たな住み家をみつけるため

何ということだろう
道のまんなかに五本の幼菌がある
突然花火が爆発した
大輪の傘があちこちで開く

十本以上の株立ちが
視界を遮って立ちはだかる
これまで一、二本ずつまばらに
小さな傘を開いていたのに

籠は重く一杯になって
両手にも持ちきれない
ハタケシメジに阻まれて
もう先に進めない

    わらび採り

わらびを採りに野に入ったら
前だけを見て進みなさい
決して後ろを振り向かないで
もし振り向いて
通った跡にわらびが見えたら
もうそこは異界への入り口
引き返してわらびを採ったりすると
もうここには戻れません
ほらそこに あそこにも
採りながら通った道なのに
先ほどはなかったはずのわらびが
次々にみつかるのがその証拠

そのうちザワザワと風が渡り
植物の葉裏が白く見えたり
草原の中にじっと隠れて
へびやきつねが見ている気配
雲が広がって日が陰ったりと
次々に起こる胸騒ぎ

もう止めましょう わらび採りなど
これからすぐ引き返しても
あなたはもう来る前のあなたじゃない
ほら昼間の明るさが逃げていく……

    合歓の花の季節

夏の夕方
家路を急ぐ途中
すごいものを見た
水平に枝を広げた
大きな木があって
その小枝の一つ一つに
さきほどまでの夕焼けの
残り火のような
無数のローソクの火が
ぽっと丸くともっている
梅雨が明け
本当の夏がやってくるから
妖精たちがパーティを開いたのだ

  野営場の朝-鏡ヶ成-

ミズナラの巨木が朝日を受けて立つ

歩くとカサカサ落ち葉の合唱

一本ずつのブナがしんと見守っている

何千本ものブナに取り囲まれている

よく見れば同じ形の木は二つとない

冷えた空気に濡れてウグイスを聴く

とがった山が林の上から見おろしている

空は晴れ渡り日射しは暖かく風はなし

芽吹き始めた梢にヤドリギ高く

  同窓会に向かう

定年を自分で決めて腹座る

年金が出るまで遠い日がかすむ

落ち着かず新幹線の客でいる

車窓には実りの秋の彼岸花

不自由なことも多いが自由席

駅の名が読めない速さで通過する

星国の縁が東京に集まり

十五年経って三十路の中学生

こわいもの見たさのような同窓会

  ※星国……シンガポールのこと

  二十五年ぶりの同窓会

中年に変装している中学生

結婚のあいさつに来た同級生

探しても姿の見えぬ気になる子

あの頃を口ごもりつつサングラス

比べれば十分若いさ四十の娘

べたべたとされてうれしい老教師

忘れてたことを生徒に教えられ

同年と思えぬ差つく四十歳

名を言われやっと気づいた面影に

あの時はすまなかったの想しきり

辞める前になって気がつく責任

思い出はみんな笑顔に変わってる

あの頃は言えなかったこと今伝え

二次会は同窓の店主が仕切る

震災を生き延びて来た七十人

年月がかもした心のあたたかさ

金と気の苦労に感謝幹事さん

お土産に地酒を持たす気の配り

十年後再会の日まで生きてたい

冬型の気候でまぶしい瀬戸の海

山中を日だまりぬくいバスの旅

冬枯れの山にやさしい日が当たる

故郷の雪が見えるよ県境

禁漁の川でもたどる釣師の目

日陰には凍った雪が峠道

  カンボジアの遺跡群

バンコク空港は地平線がまっすぐでこぼこなし

カンボジアに行くプロペラ機は四列シートでバスみたい

ままごとのようにプラスチックのナイフとフォークで機内食

客室乗務の女性は若いのにみな私より分別がありそうで

長い黒髪の娘を見て思われるありし日の日本

三十分遅れで出発・到着でも誰も文句を言わず

バイクは免許不要定員もついでにナンバーもなし

夫婦と子ども六人家族が一台のバイクに乗って

観光地では五十過ぎた私も若いお兄さんと呼ばれ

コレイチドルと日本語で子どもが寄ってくる

日本の子どもも昔ギブミーチョコレート

二つでも三つでもそのうちゼンブデイチドルー

十二月は乾期晴れ渡る平坦な大地は赤い砂ぼこり

十二月は初夏の気候でドリアンやマンゴーがおいしくて

古い仏像もやっぱり唇の厚いカンボジアの顔

足を上げて踊る女神が仏教寺院にも大勢いて

ほほえむデヴァターが角を曲がるたびに出迎え

しんと静かに石を積み上げた塔が連なる

音も光も自然のままの心地良さ

自然光の中静かに暮れていく遺跡群のシルエット

  ベトナムの街角

ホーチミンは常夏の街年中着る服は仕立て

人口七百万人バイクは三百万台ホンダが人気

50ccバイクは自転車と同じ免許不要

青信号でバイクレースのスタートだ交差点

帽子とマスクが好きヘルメットよりも

夜になっても地鳴りのようなバイクの音

車の警笛をバイクは知らぬ顔でよけもせず

ベトナムの時間はゴム延びるのが普通

深夜もオレンジ色に煙るサイゴンの街の灯

  息子の暮らすバングラデシュ

乗ってすぐ遅すぎる機内食不健康だろう

飛行機ってことこと揺れてボートみたい

三時間ほどうとうともう朝食が出るの?

夜食が一時半朝食が五時半いつ薬飲もう

朝食の五時半は現地時間のまだ三時半……

乗り継ぎの無駄な八時間も海外旅行

日本語が聞こえないあたりまえで不思議

百六十円の三輪車を四十円値切るのに十数台

ベンガル語でまくしたてる息子が頼もしい

風が気持ちいいリキシャに夫婦で十円分

夜でも見える目の車夫が静かにすれ違う

床に穴があいて道の見えるバスに乗った

バスで一時間半四十五円で息子の家へ

お米はキロ百円以上の高級品を選んで

走る鶏買ってきて夕食のチキンライス

おばさんカマ形の包丁で手品のように料理

現地の友人も訪ねて来て片言の日本語と英語

友人の庭は果樹園みたいスターフルーツも

なぜか多い黒いヤギ耳と首垂れ豚はいない

首都ダッカの中級ホテル三人で一泊二千円

デザートつき豪華な朝食は一人百円しない

ダッカの道路はリキシャとCNGの大洪水

CNGはジェットコースター並のスリル

乾期の緑はみな土ぼこりにまみれ

小舟を一時間二百円で貸切ガイドつき

日本人に人だかり何度も聞かれる名前と国

ダッカの二一時に乾杯日本は新年おめでとう

  ※CNG……天然ガスで走る三輪の小型自動車。

  おもちゃをとりあげられて

四年前の退院以来しまいこんでいた
入院セット一式を持って
同じ病院に帰ってきた
違う病名で白内障の付録つきで

糖尿病病棟には老人が多い
付添も当然老人だ
残りの人生をかみしめるように
静かにゆっくりと時が流れていく

インシュリン注射が始まった
飲食の制限もあり
心ゆくまで好きなものを食べるなど
何年もしないできたのに

朝晩の食事前にはインシュリン
さて次の制限は何だろう
持っていたおもちゃんを次々とりあげられた
子どもになってふてくされている

  病院の怪談

夕方六時に夕食を摂り
(まだ仕事をしている時間だ)
八時には消灯し
(そのまま寝れば明朝することがない)
働くでもなく惰眠をむさぼり
(社会ではなまけ者と呼ばれるだろう)
それで医者や看護師にほめられる
(自分では納得できない)

  一日

高い窓から外をみると
視界の隅を時々走る車以外
動く物は何もない静かな夜明け
山も田畑も朝日に染まると
家々の間をまっすぐに通る道路を
おもちゃのように小さな色とりどりの車が
つながって走ったり横にそれたり
わき道から合流したり止まったり
かごの中のこまねずみのように動いているが
あれは楽しく遊んでいるのではなくて
一日の仕事に向かっている人たちの
いつものラッシュアワーの光景だ

私は出された朝食を食べ
温度調節された部屋で
片づけも洗い物もすることなく
次の仕事の昼食まで
時々あいさつされたりしながら
時が経つのを待つだけの何日目かを
今始めたところ

朝から良く晴れていて
遠くの山に白く雪が見える
建物は朝日を飲み込もうと
窓をみな太陽に向けている
建物の影がくっきりと
壁面を区切っている
時間とともに日は昇り
車の屋根が光ったり
また空が暗く陰ったり
雨らしく山が曇ってかすんだり
道路は車間距離が広くなり
車の数が減ったりと
世の中が変化を続けているのが
椅子に座ったまま見える

夕方にはまた車が混みあってくる
車の色がくすんできて
山はもう影絵になった
薄暗くなると灯を点ける車もあって
街路灯や家々の明かりも見え始めると
急に視界に明かりが増えていく
暗くなるとヘッドライトが並び
対向車線には尾灯の赤い色が連なって
朝と逆の方向に進むのは
家に帰る人たちの車
一日の仕事が終わったのだ
けれど私はこの後も
長い夜を拘束されたまま
明日の朝を迎えることになる

    知らない世界へ

空がすっきりと晴れ渡ったので
バイクは先へ先へと進みたがる
仕事場に向かう道路の先にある
見知らぬ景色に引き寄せられる

道路は海に沿って続いている
日射しを受けて青々と広がる海や
緑濃い初夏の里山を見ながら
このまま走れば数時間後には
知らない土地に着くはずだ
そこには必ず小さな喫茶店があり
香ばしい珈琲を飲むことができる
ヘルメットを持ってカウンターに向かえば
年配の主人は落ち着いた声で
天気の話やよい季節になった話
語りかけてくれるだろう

学生時代の自主休講のように
ほんのちょっとした決断をすれば

    覚悟したいしょく

庭に柿の木を移植することにした
三十年も経った木だったから
何年も前から根を切りつめて
移植に備えてきた

柿の木はもう若くはなかった
どっさり実をつけて何十年
今は少ししか実をつけない
それも小さな実だ

なじんだ土から移したので
柿の木も弱るだろう
枯れはしないだろうが
また実をつけるかどうか

できることならこれまで以上に
自然の光を浴びながら
新しい根を張って
新しい場所で生きていけ

春にはさみどりに芽ぶき
夏には白い花が咲き
秋には朱く実が熟れ
葉の色づく柿の木に

  遺言Ⅱ

死んだら火葬にしろ
臓器は誰にもやるな
耐用年数が切れた上
金持ちしか手に入れない
葬式はするな
時間と金の無駄だ
親子兄弟以外には知らせるな
黒服は嫌いだ
普段着で来い
香典は要らない
金は生きているうちに使え

皆で食事をしてほしい
食べ物は手作りに限る
キノコや山菜 ヤマメやイワナ
私が採ってきたものを食べて
私の話をしてもいい
写真を見て笑ってくれてもいい
私は最後の役に立ちたい
生き延びた皆の楽しい余生のために

骨は自然に帰せ
海でも山でも川でもいい
いずれも私が好きなところ
どこかに撒いてくれ
墓は作ってはならない
既にある墓に入れてもいけない
死んでからも私を束縛しないでくれ

あとは速やかに私を忘れてくれ
私を知る者が死ねば
私の生きた痕跡が残らぬように
残った者の心を煩わせたくない
未練を残さず別れよう
じゃあ

 川柳集「歩」に寄せて

 三月半ばの大雪にはあきれていますが、金沢も、鳥取以上に積もった
のではないでしょうか。
 お母様の川柳集、ありがとうございました。お母さんの作品の感想を
書くことで、真澄さんへのお礼やら何やらの代わりにしたいと思いまし
た。集中、私が良いと思った、というよりも、私が自分の昔のことを思
い出すきっかけになった句のうち、他の方がことばを寄せていない句、
二十八句についての感想です。他の方が書かれた句については書かない
ことにしたのは、くい違うような読み方をした場合、先に書いてくださ
っている方に対して失礼にあたるように思ったり、その他、ご想像くだ
さい。
 おそらくはとんちんかんな読み取り方がたくさんあろうかとも思いま
すがおゆるしください。こんなふうに書くことで真澄さんのお母様に対
する思いがまたふくらむのではないかと思いました。(倉下さん、とお
呼びすべきなのでしょうが、何だか知らない人のようで、よそよそしく
て、「真澄さん」なんて書いています)
 思考力や判断力記憶力、全て空っぽになりかかっているので、変な日
本語だったりうまくことばにならなかったり。でも、気持ちは伝わって
ほしいなあ。

     二〇〇六年三月十九日
           河原清夫
   倉下真澄様

流郷登美枝川柳集「歩」より

1 母の背を見る目鋭いオママゴト

子どもを見ていると、親の癖や欠点をまねていて、親の方がはずかし
く思うこと、よくあります。まるで神様のように子どもをしかったりし
ていても、実は親である自分も欠点だらけの普通の人間で。

2 はずんでる心切手へ見透かされ

切手を選ぶ時、相手に対する思いが強いほど気に入った図柄を(また
はふさわしいと思うものを)選ぼうとしてしまう。貼られた切手を見れ
ば赤の他人にもあて名の人に対する「好きです」の気持ちがバレてしま
う。ちょっと恥ずかしい。

3 しなやかな柳の性にさとされる

意地を張ってぶつかっているのが自分でわかっているのに素直にあや
まれない。「悪かったな。あやまらなくちゃな」という気持ちが心のど
こかにあるからこそ、しなやかな柳の枝が風になびくのを見て、はっと
気づくのでしょう。

4 シイの実が遠い昔を連れて来た

貧しくて、拾ってきたシイの実をフライパンで焼いて食べるうれしさ、
小学生の頃のことが思い出されました。神社の参道の端には、他にもフ
ユイチゴやイヌビワ、サワグルミ、カヤの実など、食べられる実がたく
さんありました。それぞれ、季節感を伴って浮かんできます。

5 こっそりと油断の鍋を洗ってる

年とともに、若いころにはしなかったような失敗をしてしまいます。
かっこ悪いので、こげてしまった鍋を、周りの人にみつからないように
洗うけど、しつこく落ちない黒いこげ。特に食事の時間が迫っていると、
「おいしく食べたかったな」と同時に「もう一品、作らなきゃ」とあせ
ります。

6 足音で育てています花畑

田んぼも「足跡が肥やしになる」とよく言います。花を作るのもプロ
にはほど遠いけど、「きれいに咲けよ」と思う気持ちはたっぷり注いで
成長を見守っているのでしょう。「うちの花は赤い」という気持ちでし
ょうね。

7 老二人今日は草津の湯にするか

我が家でも、子どもが三人とも大学生になった時(三年弱前)から、
夫婦でそろって温泉めぐりをするようになりました。それまではよく夫
婦ゲンカをしてはののしりあっていたのですが、二人だけになるとケン
カしたら話をする相手がいなくなりますので、お互いに自分の主張をつ
つしむようになったと思います。

8 耳遠い余白笑顔で埋めている

私も耳の聞こえが悪くなってきました。特に高い音がだめで、電子体
温計の終了音は全く聞こえません。職員会議でも、聞こえないことがよ
くありますが、一々聞き返すのもはた迷惑と思い、聞こえたようなふり
をするのも板についてきたようです。

9 さからわず風と一緒に裏返る

最初は落葉かと思いました。でも、もし桜の花びらだったら印象がず
いぶん変わります。ともあれ、あまりつっぱらず時には自分の方を風や
相手にあわせてみることもできるようになった心境を感じます。

10 グリコ一粒遠まわりして帰る

「一粒三〇〇メートル」だったでしょうか。私たちの子どもの頃グリ
コは人気の高いお菓子でした。安っぽいものだったけど、プラスチック
の「おまけ」も何が出てくるかわくわくしたものです。さて、三〇〇m
の寄り道の目的は何だったのでしょうか。どこかのお家の花を見るため、
などと想像したほうが、万歩計の歩数をかせぐためと考えるよりはゆか
しいです。

11 二十五時昔々の舟が着く

「二十五時」はすばらしい表現です。この一日は二十四時間では終わ
らず、延々と続いた、続けたい一日だったのでしょう。「昔々の舟が着
く」も想像を豊かにさせるすばらしい表現と思いました。「昔々」から
はもちろん子どもの頃に語ってもらったおとぎ話のこともなつかしく思
い浮かべます。でも、ここは昔なじみや、普段は会えない親きょうだい
との思い出話に花が咲いているのでしょう。「舟が着く」もいいな。人
や荷物、宝物を乗せた舟が着く。ごくまれな、心弾むことをうまく言い
表したと思います。短い川柳だからこそ、説明することをやめて本質を
暗示する思考の飛躍があるのでしょう。

12 詩の道若葉マークとでで虫と

初心者の若葉マークと高齢者のかたつむりマークをつけてゆっくりゆ
っくり詩の道を前進しようと努力している。「でんでんむし」も子ども
の時の遊び相手、なつかしさ、かわいらしさを伝えてきます。

13 霧深く藤むらさきの吐息して

渓谷に藤の咲く季節は渓流釣りの好シーズンです。だから、私にとっ
ては霧に巻かれる藤の花はなじみ深いものでもあり、渓流釣りをストレ
ートに思い出させるものです。やはり自然の花が自然の中で季節にあわ
せて咲いているのは心打たれます。そうでないものを思い浮かべるのは
やめておきましょう。今はうっとりと風景にひたっていたい。

14 青空を一日着てたいい疲れ

これも自然の中で一日過ごした満足感をよく定着した優れた句と思い
ます。鳥取出身の自由律俳人、尾崎放哉の「大空のました帽子かぶらず」
を思い浮かべました。「青空を着る」、いい表現ですね。

15 近道はもうやめました老の坂

理屈で読ますのが気になりますが、こういう内容はちょっととぼけて
笑い飛ばすほうが読み手も楽ですね。深刻になっては川柳にはならない
のかもしれませんが。

16 美しい星が見えない老眼鏡

星が見えないのは、老眼鏡の度があわないのではなく、白内障(?)
など目自体の老化、機能低下なのでしょう。しかも、ここでは頭の中で
はっきりと美しい星を見た思い出があるのでしょう。思い出は年がたつ
につれて美しくなり、お母さんが思う星はきっと見た時よりも美しいの
だと思います。その思い出の頃、おそらく少女であったのではないでし
ょうか。私が思い出す美しい星々は、冬、寒い屋根の上で星図を見なが
ら初めて発見した三つ星を持つオリオンやシリウスです。もう中学生に
なっていたでしょうか。

17 肩たたき券をもらった頃が花

小学生のころは子どもたちが親に「肩たたき券」をくれるものです。
親も責任のある仕事をする年ですから、体も疲れます。肩こりをほぐす
ため、肩たたきをたのむうち、子どもたちも肩をたたくと親が喜ぶこと
がわかります。子どもにとっては疲れるし好きではないけれど、親が喜
んでくれるのがうれしいから、お金のかかるプレゼントはできないから、
やっぱり肩たたき券なのでしょう。
 親に絶対の信頼を寄せていた子どもも、やがて反抗期となり、親を悲
しませます。親はあのかわいかったころを思い出すだけです。

18 古時計毎日ネジを巻いている

昔の時計は全てネジを巻いていました。しかも、針を動かすネジと、
時報を打つネジと、横に並んだネジを二つとも。自分もすっかり時代遅
れの古時計みたいになったけど、自分で「まだやれる」とネジを巻いて
働くのです。他人にネジを巻かれてこき使われるのはいやですが、自分
でできることをして家族が喜んでくれれば、やる気も湧いてきます。

19 大ジョッキ今日が一気に満ちてくる

汗を流して体を使って疲れた時ほどビールはうまい。ちょっとえらい
めをしたぐらいなら中ジョッキでもいいけれど、今日はとってもえらか
ったから迷わず大ジョッキです。もうすぐ飲めるビールが、泡を立てて
満ちてくる……。

20 遠い日に灯をつぎ足して夜もすがら

これは11と内容的によく似ています。違うのは、揺れる炎のあたたか
さです。たき火、いろり、ローソクの火、キャンプファイヤー……。明
るい時はちっともおもしろくない火ですが、暗くなるほど、ローソク一
本でも、人の心は魔法にかかってしまうようです。今の世の中、蛍光灯
も白熱灯もつぎ足す必要はありませんが、思い出話で夜が更ける時、昔
の炎を明かりにしていた時のことはまざまざとよみがえっています。何
十年もたっているのに、現実感を伴って。

21 絵も文字も心の底に着くはがき

これはもちろん絵手紙。おそらくは真澄さんからのもの。絵だけでも、
文字だけでも心に響くのに、両方そろって相乗効果でそれぞれが何倍も
訴えかけてくる。「心の底に着く」は素直な表現ですが実感があります。
句の良しあしよりも気持ちの良しあし、他人にはたいした句と思えなく
とも、絵手紙を出した方ともらった方、川柳を作った方と読んだ方、親
娘の間に行き交ったであろう気持ちがよく伝わってきます。

22 お開きになってやんちゃな猫になる

お客さんがいる間はネコををかぶって寝たふりしたりのどを鳴らした
りして、食い気などなさそうにしていたのに、人が目を離したとたんに
起き上がってお料理の残りをねらっている。それに気づいた家の人が声
を上げてネコを追っぱらう。けれど、飼い主も猫が好きで飼っているわ
けだし、「どうせ猫に言ってみたってしかたない」とあきらめ半分、か
わいいので、たたいたりすることもせず。

23 うれしさが尻尾の先に出てしまう

これも猫でしょう。犬は尻尾全部を派手に振りますが、猫はごろごろ
とのどを鳴らし、目を閉じて尻尾の先っぽだけをパタリ、パタリと動か
して「満足じゃ」という気持ちを表しています。

24 惜しむよう急くようページめくる風

風がページをめくるというのですから、読みさしの本、それももうす
ぐ終わるあたりを開いているのでしょう。ちょっと心を動かされた本な
ので、読み終わるのが残念なような、早く先を読みたいような。開け放
した窓から風が通り、緑濃い初夏の風景が目に入ります。そういえば「
風立ちぬ」という小説もありましたね。

25 八十歳まだふるさとへ揺れに行く

ふるさとを離れ、嫁いで半世紀以上経つのに、ここよりも、二十年ほ
どしか生活していないふるさとの方が何倍も好きだ。いや、年を重ねる
ほどに、ふるさとはますます大きな意味を持ち、なつかしくなる。八十
歳になり、体を動かすのもおっくうになったが、青春時代まで暮らした
ふるさとのことを思えば、気持ちは十代に若返っているのでしょうか。
さらに幼年時代にまで心は遊んでいるのでしょうか。

26 もう一つの人生思う日の微熱

たくさんの偶然が重なって今の人生がある。たとえば今のつれあいと
出会わなかったら、住むところどころか、子どもさえ全く違う人生にな
っていたのだろうな。「もう一つの人生」は職業かもしれませんが、結
果的には結ばれなかった好意を寄せた人と同窓会などで出会った時など
の思いと考える方が自然でしょう。

27 船出する帆を孕ませる風になる

自分はもう新たな人生航路に乗り出していくことはない。もう旅は終
わりに近づいた。今は若い人たちが社会に乗り出していくのを、目立た
ないところでそっと応援するだけ。でも、あなた(たち)の幸せを願っ
ていますよ。お孫さんを見る目が暖かい。親と本人が決めた道だから、
おばあちゃんとしては賛成とも反対とも言うことはない。ただ、応援し、
見守るだけ。

28 親もない家もないふるさとでも恋し

山頭火「雨ふるふるさとはだしで歩く」だったかな。晶子の「海恋し
潮の遠鳴りかぞえては少女(おとめ)となりし父母の家」。漢字がどう
使ってあったか、正確には覚えていませんが。啄木の歌も。古くは「人
はいさ心も知らず、ふるさとは…」。「ふるさと」とは思い出のしみつ
いた土地の自然の地形や風景なのだろうと思います。鳥が生まれて初め
て見た物を親と判断してついていく「刷り込み」という現象が、人間と
ふるさととの間にもあるようです。それぞれの人にそれぞれのふるさと
があり、どのふるさともその人にとってかけがえのない唯一の土地なの
ですね。

  子は親を超えていく

 年末年始はバングラデシュで過ごした。二七歳の長男が青年海外協力
隊の理数科教師として派遣されているので、妻と二人で行ってみること
にしたのだ。
 ダッカの空港で息子が迎えてくれた。ほっとした。というのも、現地
の言葉はベンガル語で、文字も言葉も全くわからないのだ。さっそく三
輪の小型車をつかまえる交渉を始めた息子は、ベンガル語をまくしたて
ている。十台くらい当たってやっと交渉が成立した。三十分ほど走るの
に日本円で百六十円というのを百二十円に値切っていたのだという。他
に、一日に何度も利用した三輪の自転車「リキシャ」は、一分当たり二
円が相場だという。これもそのつど交渉が必要で、言い値が高いとケン
カ腰の交渉となる。現地ではかなりの価値となるようだ。息子は、言い
値で払っているとどんどん料金をつり上げるから、と言っていた。

 移動だけでなく、食事、観光施設の入場料、ホテル……、とにかく、
何かするには息子が必要。親の方がまるで子どものように世話をしても
らった。すっかり頼もしくなった息子に、初めて「越されたな」と感じ
た。それは敗北感ではなく、心の奥深いところからの喜びだった。
 息子の家に停まる夜、帰国する四月からの予定を聞いてみた。「自転
車で世界一周をしたい」と言う。「世界一周はかまわないが、渓流釣や
キノコ採り、海に潜って貝を採ることなどを教えておきたい」「じゃあ
一年間はお父さんにいろいろ教えてもらいながら、ためしにこまぎれで
も自転車で日本一周してみたい」「教員採用試験は受けないのか」「受
けない。一度民間会社に勤めて厳しさを知っておきたい。世界一周の経
験者に聞いたら六百万円ぐらいかかると言ってたから、一年目にはあい
間に就職活動もして、三年目に世界一周に出たい」概略、そんな話だっ
た。バングラデシュでも国内を自転車で十日間旅行してみたという。
 息子は中学三年の夏休みに、一人で九州鹿児島への自転車旅行をした
ことがある。その時は八日半で千二百キロ以上走り、一万八千円少々の
費用だった。帰途、夜九時頃、車との事故で入院したのを連れて帰った。
懲りないというより、得難い体験をしたと思っているのだろう。その時
は「受験勉強からの逃避だろうな」と感じたが、今回の世界一周はどう
なのだろう。やはり勤め人として縛られることからの逃避かも知れない
。しかし、「今、一番やりたいこと」であるのは確かなようだ。
 息子は沖縄と東京で大学に合計六年間いた。私も休学して東京でアル
バイトし、オートバイを買って日本中旅行したので、大学には七年いた。
その後故郷を離れ、西宮で採用されて九年過ごした。鳥取に却って三年
したらシンガポール日本人学校に三年間派遣、日本に却ってからも教職
員組合専従で五年間休職。とてもではないが普通の教員が経験しないよ
うなことを結果としては自分で選んできた。百%満足しているわけでは
ないにしても、後悔はない。日々の生活も、オートバイ旅行、渓流釣、
山菜・キノコ採り、詩作など、今だに多くの趣味のおかげで楽しく過ご
している。こんな私に、息子が楽しい人生を選択するのを止める気はな
い。親として心配がないわけではないが、何よりも私自身が親の心配を
よそに好き放題の人生を送ってきた。今、私が親としてやるべきことは、
息子のやりたいと思うことを応援してやることだと思っている。親をど

んどん超えていけ。           (二〇〇八念一月二〇日)

あとがき

詩集「ナースコール」の出版から四年。十冊目の詩集を無理に作りま
した。無理に、と言うのは、作品の質と量の不足の意味です。(大学時
代からの詩の友人、山根三郎君は、「あんたも下手になったねえ。私も
だけど」と気を遣ってくれました)。それでも本にしたのには理由があ
ります。まず、定年まで四年を残して退職すること。そして、今まとめ
ておかないと、もう本を作る気がなくなりそうなこと。また、今回、や
っとまとめる気になったのは、田中和博先生が背中を押してくださった
ことが大きかったです。
 ある資料に、鳥取県の山地率は八十七、二%で全国一とありました。
山があるから山菜やキノコが採れ、川ができます。川があるからイワナ
やヤマメが釣れるのです。今の私には、山と川がない生活なんて考えら
れません。さて、いつまでこんな楽しい生活が送れるやら。そんな思い
で詩集名を「誰そ彼ゆく山と川」にしました。
 今回、表紙と挿絵を描いてくれたのは倉下真澄さん。絵手紙展を開く
など、プロ級の腕前です。それで表紙が初めてカラーになりました。高
校の同窓会で何十年ぶりにお会いし、ちゃっかりとお願いしてしまいま
した。文字入力はキノコ友だち、というより指揮者や要約筆記で知られ
る田村尚文さん。「山神の贈り物」以来十年間、文字入力はこれで四冊
目のお願いとなります。レイアウトは、有能多才な親友、吉田敏夫君が
今回もやってくれました。敏夫君は私の第一詩集「海」を高校の放送部
で紹介してくれたこともありました。四十年間お世話になり続けです。
この三人を始め、多くの友人・知人と家族のおかげでこの本ができまし
た。本当にありがとう。
 あわせて、これまで公的、私的に私を支えていただいた西宮の浜脇中
学校、桜ヶ丘中学校、シンガポール日本人学校、東中学校の同僚の方々、
そこで縁のあった当時の生徒さんたち、保護者の方々、また、教職員組
合専従時代、労働運動で出会った方々に深く感謝いたします。

詩集 誰そ彼ゆく山と川

発行 二〇〇八年三月三十一日

表紙・挿絵 倉下真澄

文字入力  田村尚文

レイアウト 吉田敏夫

著者    河原清夫

住所 〒六八九-〇一〇二
   鳥取市福部町細川六七六-三七

電話 (〇八五七)七五-二六五四

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