続々シリエトク ―ここでないところに向かって

四行詩でつづるバイク野宿旅日記
続々シリエトク
―ここでないところに向かって

一(八月二五日 鳥取市福部自宅)
じゃあバイバイと笑顔で妻が見送った
手作りの荷台に少し大きいケースを縛り
三度目の北への旅を始めた
九時にもう三〇度を越えている
 二
レーサーのようないでたちのライダーと
何台も何台もすれ違う
私は半袖シャツから出た腕を陽にさらし
スニーカーを履いたいつもの服装だ
 三
インシュリンをだめにしたことがあるので
ショルダーバッグで温度管理をする
峠を越すとき涼気が腕を撫でた
確かに秋が来ようとしている
 四
地図を入れるタンクバッグがみつからず
多少不自由だがショルダーバッグに入れた
時々止まって地図を見るだけのことだ
四十年前は当然そうやって旅をしていた
 五
天橋立からは海沿いの道をとった
気温はさらに上がり三五度だが
青い海を見れば涼しく感じる
海辺で停まり持参したトマトにかぶりついた
 六
百日紅が赤く咲いている
午後の陽を受けて体感温度は四〇度だ
越前海岸の道路端で温泉を見つけ
夕日の海を見ながら露天風呂で汗を流した
 七
急に思い立って越前の知人に電話するが
何度掛けても留守電になる
家の近くの神社にテントを張って待つうち
九時を回ってやっと帰ってきた
 八
十年ぶりのおしゃべりにうつつを抜かし
飲んで語って夜が更けて
深夜になってテントに戻り
泥のように眠りこけた
九(八月二六日 福井県越前市)
昨日の晩飯は小さな和風幕の内弁当だった
おそらく六百カロリーぐらいあったろう
今日の朝飯はミックスサンドと牛乳にした
四五〇カロリーと手ごろな食事だ
 十
今日も朝から気温は三〇度を越えている
走っていてもちっとも涼しくない
暑かろうが寒かろうがしかたがない
自力で走らなければ北海道は来てくれない
十一
珍しく三九〇カロリーの弁当を見つけた
昼飯まで三時間もあるが買った
涼しいところを探して走り続け
魚津を過ぎてやっと食べた
十二
市振の関を感慨にふけりつつ走っていると
制服を来た人が手招きする
十六キロオーバーですと青キップをくれた
税金を九千円払ってあげることにした
十三
寺泊の金八の湯で汗を流した
暗くなった松林に電飾が光っている
納涼祭が近いようだ
面白がってテントを張った
十四(八月二七日 新潟県寺泊)
五時に目覚め六時に走り出す
七時にコンビニで朝飯にする
五百カロリーの小さな弁当は野菜不足なので
ワカメどっさりの豆腐の味噌汁を作った
十五
昨日の晩飯はまたサンドイッチと牛乳で
軽めだったから朝飯を少し重くしたのだ
寒いと暖を取るためによく湯を沸かすが
暑いので今日初めてコンロを使った
十六
前回欠航だった笹川流れの遊覧船に乗った
面白い形変わった形の岩山が見えた
いかにもそう見えるニタリ岩もあった
風景も海風も満足し携帯充電までできた
十七
水色の日本海を見て走り続けている
故郷の海につながっている見慣れた海だ
満ち足りた心で走り続ける
時間が止まったように知らん顔の海が続く
十八
新潟も象潟も山形も秋田も素通りし
メロスのように傾く夕日を追いかけて
入道崎で夕日が海に接吻するのを見た
確かにチュッと音がして空が赤くなった
十九
男鹿温泉に浸かり地元の人と話した
晩飯はトマトと豚丼弁当で五百カロリーだ
野宿三日目の今夜は入道崎にテントを張る
明日は昇る朝日を見て出発しよう
二〇
毎日三五度の気温が続いたが
インシュリンはうまく管理できているようだ
気を遣ったかいがあったというものだ
だがガスタンクはバッグの金具で傷だらけだ
二一(八月二八日 秋田県男鹿半島入道崎)
前回濃霧で視界が効かなかった竜泊ラインは
薄雲の下に凪いでくつろいでいる
風景を楽しみながら六〇キロで走っていると
お急ぎらしいバイクが追い越していった
二二
龍飛崎は天気がよくにぎわっていた
一昨年テントを張った売店も開いていた
写真を撮ったり焼きホタテを食べたりした
北海道の松前半島が間近に見えていた
二三
夕方五時青森港発のフェリーに間に合った
左に見えていた津軽半島は徐々に夕闇に沈み
七時ごろ海は暮れきった
九時前に着いてから寝る所を探すことになる
二四
船中で東京からのBMWライダーと話した
北海道には二〇回以上来ているという
それだけ北海道が好きなのだろう
私だって好きだがまだ五回目だ
二五
北海道最初の夜は咸臨丸のある公園で眠る
テントを張り終えると十時だった
大きな月と明るい星が海の上で迎えてくれた
山形の干し肉をつまみに持参の焼酎で祝った
二六
今日初めて最高気温が三〇度を下回った
函館に着くと二四度だった
夜寝る時は二二度に下がった
テントの中も快適だった
二七
思いがけない大きな音をたてて列車が通った
道路のほうが近いのに車の音は静かだ
今夜は少し風が出た
耳が働く夜になりそうだ
二八
今日もバイクは快調に走り続けた
昨日の燃費はリッター二四キロ以上
今日は二五キロも伸び千㏄と思えない
二〇年前のバイクだが現代のバイクに勝る
二九(八月二九日 上磯郡木古内町公園)
起きてみると朝露が降りている
バイクもテントも周りの草もびっしょりだ
説明板で咸臨丸の模型の意味がわかった
太平洋を横断した咸臨丸はここで沈没した
三〇
朝飯前インシュリンを打とうとして気づいた
白く濁るはずなのに固体成分が分離している
とても気を配っていたのに気温が高すぎたか
持効成分だけでも生きていてほしい
三一
松前では海岸のあちこちで昆布を干していた
六〇センチほどの長さの形のいいものだった
生の時は茶色で透明感のある昆布は
乾いていくにつれて黒に近い色になっていく
三二
江差に向かう道はよく晴れて高く
澄みきった日本海が広々と見える
車は少なく景色を愛でる人もいないが
こんなにいい海を見ないのはもったいない
三三
空気まで青い海の風景の中を
時速六〇キロでゆったりと流す
エンジンは二千回転で静かに回っている
そよ風の中をこのままずっと走り続けたい
三四
江差で開陽丸を見学して明治維新を思い
ニシンそばを食べてニシン漁を思い
追分会館で江差追分やソーラン節を観て
信州・越後の追分や北前船を思った
三五
親子熊岩の悲しい伝説を読んだり
三本杉岩を撮ったりしているうち
めざす「浜の母さんの食事処」に着いた
思い出の特大焼きホタテと海鮮汁で三五〇円
三六
モッタ海岸ラジウム温泉に入ることにした
露天風呂から夕凪の海がよく見えた
昨日の夜は遅くなり風呂に入れなかったので
今日は早いが晩飯前に入ることにしたのだ
三七
近くの無料キャンプ場を教えてもらい
行くつもりで晩飯にキュウリを食べていると
ぽつぽつと雨が降り出したので思案し
道の駅のひさしを借りてテントを張った
三八(八月三〇日 島牧郡道の駅島牧)
雨の予報だったが起きると晴れている
また海を見ながら走り始める
朝もやに包まれた湾もある
道に沿って日本海の長い長い水平線が続く
三九
海に小舟を浮かべ漁る人たちがいる
季節や天候によって収獲にむらはあろうが
自然から必要なだけの食料を頂いて生きる
そんな生業を営む人生を何度も想像した
四〇
子どもの頃は海に潜るために夏を待った
昼飯に帰る以外一日中潜って遊んだ
潜って魚介類を捕って飽きることはなかった
今もその気持ちは続いている
四一
毎日汗をかくので洗濯をすることにした
晴れた日中に走らないのは惜しいが
着ていない衣類まで汗臭くなりそうだった
手袋とヘルメットの内装もはずして洗った
四二
ニセコパノラマラインは秋の色が濃かった
半袖では寒くてジャンパーをはおった
羊蹄山に挨拶をして引き返した
積丹半島の神威岬に行かねばならない
四三
戻ってきた岩内で昼飯を食べようとして
土産物屋でオオナゴの燻製を見つけた
売店の女性が昔はよく食べていたという
懐かしかったので思わず買って丸かじりした
四四
神威岬は陸地が海に突きつけた切っ先だ
先端で海から尖ってそびえる神威岩を見た
一昨年の歩けない暴風に比べればそよ風だが
ここは大地と海が死闘を続ける地の果てだ
四五
余市の温泉に浸かって無料キャンプ場を聞き
行くと自転車の団体がテントを張っている
諦めて晩飯を食べてまた走り出す
海辺で空き地を見つけてテントを張った
四六
降りそうな気配でもあれば屋根を探した
夕方まで晴れていたのに野営後降りだした
光って風も出てテントが音をたてている
朝には晴れていることを願いながら寝る
四七
雷鳴と車の音の途切れ目に潮騒が聞こえる
海の寝息のように静かな波の音だ
雨と雷鳴に当たったがこれはこれでいい
初めてのコラボレーションだと余裕がある
四八
雨がテントを激しくたたく
こんな経験も家ではできない
求めたわけではないが心が弾む
意図せぬ偶然に適応して染色体は進化した
四九(八月三一日 余市郡余市浜)
願ったとおり朝には雨が上がっていた
朝飯を食べるあいだにテントも乾いた
千葉のBMWがやってきてバイク談義をし
写真を撮ってもらい朝日を浴びて走り出す
五〇
小樽石狩を過ぎると海が見える
浜益で雨の夜泊めてもらった家を見つけ
訪ねて運がよかったとお礼を言った
近くに屋根のある場所はない
五一
留萌を離れると海沿いの直線道路の左に
前から後ろまで目の届かない海が長く伸びる
風は海から吹き続けている
午後の太陽が背中をあぶる
五二
いよいよオロロンラインに入った
道路標識もガードレールも電柱もない
あるのは白い中央線と路側帯だけだ
道は視界の果てまでまっすぐ続いている
五三
陽が傾き波頭がピンク色に染まってきた
太陽が海の上に白く輝く道を作っている
真横の海の上に利尻山があるのに気づく
光の道の先に白く淡い影のように見える
五四
野寒布岬「漁師の店」に初めて宿を取り
夕食には例によってウニ丼をいただいた
今夜泊まるライダーはわずか六人だけだ
皆で楽しく見どころの情報交換をした
五五(九月一日 野寒布岬「漁師の店」)
目覚めると晴れて朝日がまぶしい
順光の利尻島と記念撮影しようと走る
見つけた利尻は朝もやか雲かかすんでいる
写真を諦めて引き返した
五六
日本最北端の宗谷岬に着いた
ここでは日本中から来た人たちが交錯する
今日も長崎から来たライダーに出会い
早期退職と老後の生活の話で一時間経った
五七
すれ違うライダーに手を挙げて挨拶しながら
穏やかなオホーツク海に沿って南下する
陽射しと風が心地よい
北海道の風景を満喫しながら紋別をめざす
五八
猿払の海岸に何百本何千本の竿が並んでいる
近づいて聞くと鮭をねらっているのだという
テントに寝泊りして何日もねばるらしい
鮭が遡上のために河口に群れる時期なのだ
五九
ライダーハウス「やませ」で定食を食べた
猿払らしくホタテの刺身が四つついていた
ハウスの素泊まりは千円だという
タイミングが合えば泊まってみたい
六〇
紋別までのオホーツク海は宝石のようだった
空は深く海の色はもっと濃かった
教えられた上川きのこ会の会長に会うため
オホーツクと別れて山のほうに向かった
六一(九月二日 上川郡きのこ会会長宅)
オシロイシメジ料理の晩飯と風呂をいただき
日付が変わるまでお話をうかがった
熊の胆や霊芝やきのこ図鑑を土産に
朝食まで食べさせていただいて出発した
六二
近くの知人に連絡を取って家にお邪魔した
運悪く停めていたバイクが倒れ傷がついたが
家の周りで採ったナラタケの昼食をいただき
パソコンで見たペットの犬や猫にも会えた
六三
暗くなるころなじみの阿寒湖畔に着いた
いつものライダーハウスに宿を取り
明日のきのこ採りをお願いするつもりで
きのこ採り名人店主をアイヌ料理店で待った
六四
ころあいを見はからって店主に頼んでみると
明日はだめだという返事が返ってきた
諦めてお土産のオリジナル一筆箋を渡し
鮭のオハウとジンロック二杯で引き上げた
六五(九月三日 阿寒湖ライダーハウス)
早朝の激しい雨音で目が覚めた
台風くずれの低気圧が来たらしい
さっさと行き過ぎてくれることを願うが
開陽台と神の子池は諦めるしかない
六六
問題はインシュリンだ
どうやら気温が高くてだめになったようだ
昨日は血糖値が高いのかむかつきがあった
内科医を探して処方してもらうことにする
六七
診療所を見つけて血糖値を測ってもらう
製薬会社は三七度までしか保証できない
使うなと言っていると看護師が言う
医者の血糖値は大丈夫でしょうで安心した
六八
旅行を続けられると判断しまりも湯に入る
受付の人も入浴客もいない
浴槽の周りに木のまりもが並んでいる
木のまりもとは二年ぶりの再会で懐かしい
六九
湯から上がると管理人のおばちゃんがいて
なぜか身の上話が始まって二時間半経ち
豪華な天ざるそばを昼飯に取ってもらい
話は続いてジュースにコーヒーゼリーまで
七〇
結局四時間半話して長編ドラマは終わった
帰る時には新しいエンジュのまりもと
傘を持たせて見送ってくれた
他人とは思えない気持ちになっていた
七一
雨は降り続き連泊することにした
昨日からあるバイクはみなそのままあり
新しく増えたカップルがお帰りを言った
夢のような体験が続いているようだった
七二
夕食はまた鮭のオハウセットにした
阿寒湖アイヌコタンの成り立ちや
北海道の歴史を聞いた
雨のおかげで初めての体験ができた
七三(九月四日 阿寒湖ライダーハウス)
朝には晴れていた
野寒布でも同宿したライダーが見送った
気温は一七度と一気に下がっている
長袖にジャンパーを着込んでも肌寒い
七四
走り続け早々と待ち合わせた恵庭に着く
ところが約束したきのこ会元事務局長が
マツタケ採りからなかなか帰って来ない
札幌の知人に来てもらい話しながら待つ
七五
三時間待って落ち合いキャンプ場に行く
翌日の打ち合わせで昼食や服装のことも
細やかな心遣いをしていただいた
また一人素敵なきのこ友達と知り合えた
七六(九月五日 恵庭市公園)
久しぶりのキャンプ場の朝は最良の曇り空だ
冷え込みもなかったため朝露も降りていない
時間があるのでゆっくり味噌汁を作ったり
コーヒーを飲んだりして迎えを待った
七七
千歳きのこクラブの観察会に参加した
国有林のゲートの鍵を開けて林道に入り
下草の多い林内を歩いてきのこを探した
道路端の方はずいぶん見つけやすかった
七八
何十種類かのきのこが集まった
ヌメリササタケなどの見慣れた食きのこも
見たことのないきのこもたくさんあった
バライロウラベニイロガワリを採って覚えた
七九
昼食にはきのこたっぷりの味噌汁が出た
知人特製のハスカップのおにぎりも食べた
滝のそばの遊歩道にもきのこがあった
北海道のきのこ観察を満足して終えた
八〇
空模様を見て千歳ライダーハウスに泊まる
同宿の台湾の人は日本語も英語も通じない
一人でうっかり家族湯に入り九百円取られた
知人のくれたサンマの燻製やトマトで晩飯だ
八一
ツアーでおいしい料理を食べたとしても
それがいつまで強い印象に残るだろう
一人で心細い思いの末見た場所は
ひりつく魂に深く刻み込まれて消えない
八二
不自由なバイク野宿一人旅には
時間と心のぜいたくがある
経験した者だけが知る苦労と
それに見合った喜びがある
八三
三年連続北海道への長距離バイク旅行だが
今年で最後になるかもしれない
重い荷物と遠い距離 長い野宿生活に
体力と精神力はやがて持ちこたえられない
八四(九月六日 千歳ライダーハウス)
昨晩半分残しておいた千カロリーの弁当と
晩飯と同じサンマとトマトの朝飯を食べ
ポットで沸かしたお湯でコーヒーを飲み
ぜいたくなライダーハウスを出ていく
八五
アイヌ語上級教師の大姉が住む白老に向かう
途中で降り出した雨に濡れながら着くと
ポロトコタンにあった売店は取り払われ
アイヌ民族博物館だけが残っていた
八六
大姉に電話してから古式舞踊を観終わり
アイヌ模様の説明を聞いていて落ち合えた
家に招かれ話し込みハスカップの木も見て
昼食には白老牛のシチューをふるまわれた
八七
鳥取に行ったらおごってもらいますと言われ
素直にごちそうしていただいたけれど
きっとその機会は訪れない
しかしお金を払えばよい思い出は残らない
八八
今回の旅行ではよく食事をふるまわれる
それはきっと偶然ではないのだろう
遠方から来た旅人に優しいだけなのか
私に対する相手の評価なのか
八九
大姉との話に不自由な旅のことも出た
自然の中で生かされていると実感し
己の小ささ傲慢さを省みるための旅を
時々は意識して求めていると話した
九〇
素通りできない北海道の人脈も増えた
求めるから応えてもらったのだろうが
求められて応えたこともあったと思う
喜びとともに感謝の念は強い
九一
白老に六時間も滞在してしまった
釧路に向かって走りだすが天気予報は雨で
去年も一昨年も大雨に当たった新冠では
今日もまた雨でライダーハウスに入った
九二(九月七日 新冠ブルートレイン)
雨は朝には止んでいたが道路は濡れている
そういえば雨漏りや窓から吹き込んだ雨で
ズボンや携帯電話がびしょ濡れだった
朝飯とコーヒーとテレビでぐずぐず過ごす
九三
道路が乾いたので出発しようとすると
とたんにまた雨が降り出した
荷物を縛るのを止めて寝転がり
コースと日程の計画を練り直す
九四
出発してすぐ静内に入り真歌に立ち寄った
シャクシャインの像に挨拶だけのつもりが
記念館の女性館長と話して資料を手に入れ
ご夫婦の資料館長と話し三時間以上経った
九五
よく晴れているが風は冷たいぐらいだ
雨が本格的な秋を連れてきたようだ
風の襟裳を避け日高山中天馬街道を行く
太陽の下で馬の親子が緑の草を食んでいる
九六
すれ違うサイドカーが手を挙げて挨拶する
あわてて手を大きく挙げて挨拶を返す
サイドカー乗りは挨拶しないことが多く
私も挨拶をするつもりがなかったからだ
九七
旅で人間関係を結ぶには必要な態度がある
相手に心を開いて誠実に対することだと思う
でなければこんなにうまくいかないだろう
旅だけでなく日常生活でも当てはまるはずだ
九八
次の目的地釧路目前のキャンプ場に入った
風呂も近い絶好の場所をうまく見つけた
風が強くざわめいているが眠れるだろう
明日は鳥取について学習することになる
九九
テントを十分ほどで張り終え風呂に行き
握り飯一つとおかず二つのコンビニ晩飯後
強すぎる風の中でテントにもぐり込み
一日の記録を書きつつ寝酒におぼれていく
一〇〇
夜半から風が強まり神経が緊張してくる
台風並みの強風がテントを殴りつける
わかっていれば宿を探しただろう
上空で風が吠えテントが変形してきしむ
一〇一
しっかりペグを打っていてよかった
飛びはしないだろうが度を越した強風だ
まるで激しい雨音のような音が続く
だが心は落ち着き楽しむ余裕すらある
一〇二 (九月八日 浦幌キャンプ場)
森は昨夜の嵐が嘘のように静まりかえり
朝日が射して青空に白い雲が浮かんでいる
冷え込みでテントもバイクも露に濡れた
強い陽射しでほどなく乾いて出発する
一〇三
コンビニが見つからず朝飯が遅くなった
食後インシュリンを打ち忘れたと気づく
食後の薬とインシュリンが一緒になった
あわてているとこんなばかなことをする
一〇四
白糠辺で河原小中学校の看板を見つけ撮った
道の駅恋問の道路端で青紫色の花に気づいた
止まってみると探していたトリカブトの花だ
辺りは様々な花が咲き乱れる原生花園だった
一〇五
空気圧が低いようでずっと気になっていた
レッドバロン釧路で規定圧入れてもらった
ふと気づくと前の信号は鳥取大通七だった
いよいよ鳥取とのつながりの学習が始まる
一〇六
歩いていたおばさんに鳥取のことを聞くと
すぐ先に鳥取神社があると教えてくれた
境内には鳥取百年館という資料館もあった
鳥取とのつながりは全てわかってしまった
一〇七
明治時代鳥取から移住した士族一〇五戸が
鳥取村を作ったと誇らしげに書いてある
士族の言葉に優越意識と差別意識を感じる
今の時代の人権感覚で書き直してほしい
一〇八
四三〇キロ走って給油した
燃費は二四キロ弱と少し悪い
長距離だと二五キロ前後走るが
ここ数日短距離の移動が多いからだろう
一〇九
噂の開陽台では国後島がよく見えた
「ほんとに地球が丸いねー」と声がする
来た多くの人が心を奪われるのがわかる
陽光に照らされて四方の緑が映えていた
一一〇
神の子池は丸いサファイアのように在った
摩周湖の水が湧き出しているのだという
水色とはこの色なのだと改めて感じた
夕方が近づき手がかじかむほど冷たかった
一一一
手袋を冬用に替えて裏摩周に向かった
初めての裏摩周はよく晴れて青かった
湖に浮かぶカムイシュ島がきれいに見えた
いつもは逆のほうからこの島を見てきた
一一二
売店のおばさんに寒いと話しかけると
今月中にはストーブに火を入れるという
それにしても一日で急激に気温が下がった
阿寒湖に向かう山越えでは一三度だった
一一三
七〇キロで走っていたら車が追い越した
その直後パトカーが物陰から出て捕まえた
去年も同じことがあったのを思い出した
三〇キロオーバーで捕まるのはごめんだ
一一四
いつものライダーハウスに荷をおろした
まずこごえた体を温めに温泉に浸かり
酒はその後と思ったらまりも湯は定休日だ
例のアイヌ料理店で鮭の汁物オハウを頼む
一一五
アイヌ料理店ポロンノに根を生やし
若い店主郷ちゃんとまったり過ごす
今回でバイク旅行は最後かも知れないと
出ようとする私に郷ちゃんが握手を求めた
一一六 (九月九日 阿寒湖ライダーハウス)
夜は布団をかぶっても寒かった
朝の気温は一三度に下がっている
防寒に合羽のズボンをはいて出発する
通いつめた阿寒湖アイヌコタンが遠くなる
一一七
道路端で茹でキビを売っている
買って食べるととても甘い
三分の一食べて残りは昼飯にする
茹でジャガも食べたかったが諦めた
一一八
足寄の手前で距離が九万九千キロになった
メーターがゼロに戻るまであと千キロ
普通なら三日で走る距離だ
三日後は北海道か本州か
一一九
さわやかな秋空の下の高原を走る
気温が上がり合羽とジャンパーを脱ぐ
道の駅でトマトやキュウリを買う
昼飯はどこで食べようかと考える
一二〇
標高千メートルの日勝峠は快晴の二十度だ
空の青と周りの草木の緑に染まりながら
ほとんど車の通らない道を気持ち良く走る
給油後四百キロを越えても走り続けている
一二一
エンジンは二千回転で静かに回っている
そよ風を感じながら流すように走る
道路は渓流に沿って続いている
至福の時間が澄んだ水になって流れている
一二二
平取二風谷を通って行くことにしたのだが
アイヌ文化博物館に入ったら出られない
熊のイヨマンテのビデオが二時間もあり
夕方になってあわてて寝るところを探す
一二三
これもご縁と二風谷のユーカラに泊まる
ここは夕食を食べると宿泊は無料となる
同宿者は三人とも若い男性ライダーだ
東京と奈良と長野から来たという
一二四
トマトとキュウリを食べてから夕食に行く
食べた野菜炒め定食は実質三五〇円になる
近くの風呂は七時から半額になるという
日程がずれ込む以外はいい日になりそうだ
一二五
四人で楽しくおしゃべりして夜が更ける
バイク旅行が好きなことは共通している
北海道の観光地とバイクの話は尽きない
十時過ぎてもまだまだ話は終わらない
一二六
今夜も白鳥が大きくゆうゆうと飛んでいる
空気が冷たい平取二風谷の空を飛んでいる
初めて寝る場所なのに懐かしい気がする
ここに泊まる決断をして本当によかった
一二七 (九月十日 二風谷ユーカラ)
昨夜はずいぶん冷えこんだ
最低気温は十度前後だろう
持っている衣類では対応できない気温だ
もう北海道を去らなければならない
一二八
知里幸恵の故郷登別から細い山道に入る
空気が冷えてきてダケカンバの幹が白い
オロフレ峠からは諦めたクッタラ湖や
振り返れば羊蹄山もそびえている
一二九
すさまじい思い出の洞爺湖畔で昼飯にした
今回は落ち着いて味噌汁を作ったりした
おにぎりにフキの煮物にチンジャオロース
初めて食べるおかずもあって湖は静かだ
一三〇
道の駅森町でオニウシの意味を尋ねてみた
木が茂ったところの意で森町の語源らしい
またアイヌ語を覚えオオナゴを買い占めた
いつかまた来ると店の人に言って別れた
一三一
函館港に着くとフェリーの乗船三十分前だ
まずはよかったが青森に着くと九時過ぎる
船の中ではたっぷり時間があるから
地図で泊まる場所を探すことにする
一三二
夕方五時半フェリーは函館を出航した
十三日間で北海道を三千二百キロ走った
積算距離計はあと四百キロで十万になる
山形を過ぎた辺りでゼロに戻るだろう
一三三
北海道を離れる今不思議と心残りはない
北海道はもう未知のシリエトクではない
いつでも迎えてくれるふるさとになった
アイヌモシリの友人たちにまた会いたい
一三四
海の上に暗い雲が広がってきた
天気予報では明日は一日中雨らしい
青森で濡れずに寝られる所が見つかるか
気は重いが何とかならなかったことはない
一三五
青森の街をしばらく探すがいい屋根がない
覚悟を決めて十和田湖に向かって走る
朝から雨なら夜のうちに走りきってしまえ
夜通し走れば朝には山形に着くはずだ
一三六
ところがとんでもない山道だ
急カーブが続き時速四十キロも出せない
走っても走っても距離が縮まらない
目は冴えきっている
一三七
八甲田山も奥入瀬渓谷も通ったが見えず
十和田湖もたくさんの温泉も素通りし
十和田市を抜けるとき日付が変わったが
かまわずそのまま走り続ける
一三八(九月十一日 十和田市路上)
午前一時体が冷えたのでコンビニに入る
きのこ味のパスタスープを食べる
真夜中でも暖かな食事ができる有難さは
こんな旅をしてみないと気づかない
一三九
夜が更けるにつれて気温が下がってきた
二時の今は十七度だ
体温も下がっている
どこまで走れるだろう
一四〇
二時半から二時間道の駅で仮眠した
まだ降りだしてはいない
少しでも先に行っておこう
トラックに挟まれて走り続ける
一四一
気温は十八度から十九度に上がってきた
南下するのも関係あるかも知れない
曇り空で冷えこまなかったのだ
朝が秒刻みに明けてくる
一四二
平泉に着いたのは朝八時だった
杉の巨木が立ち並ぶ参道を登って
中尊寺金色堂を見に行く
信心はないが芭蕉の跡をたどるためだ
一四三
お江戸から平泉まで旅をした芭蕉をしのび
南部鉄でできた風鈴を記念に買った
一時間ほど散策すると小雨がぱらつく
高館義経堂には行かないで立ち去る
一四四
黄色い蝶が二匹求愛のダンスをしながら
バイクに当たり子孫を残さないで死んだ
昆虫が車体に体液の跡を残すたび心が痛む
だがよだかと違いバイクを降りられない
一四五
尾花沢に向かって山を越えることにした
山路では一面のススキが一斉に手を振り
一人旅のライダーを見送ってくれた
気持ちの良い山の冷気の中だった
一四六
渓流の傍らに何か動くものを見つけた
引き返してみると初めて見るカモシカだ
白っぽい毛並みで急峻な崖の中腹にいた
人を見ても平気で草を食んでいた
一四七
道路端に座り込んでいる二人の人がいる
山菜採りかと聞くとミズブキだと見せた
カモシカは頭の上を跳び越すことがある
サルもクマも動物はたくさんいるという
一四八
峠を越したとたん雨粒が落ちてきた
すぐ止むと走り続けたらずぶ濡れになった
近くの道の駅で娘の夫の実家に電話して
迎えに来てもらってやっと着替えた
一四九
積算距離計があと二五キロでゼロに戻る
いいタイミングで山形に着いたものだ
明日動けばすぐに〇〇〇〇〇キロになる
九月十二日が還ゼロ記念日になるだろう
一五〇
芋煮やきのこの炊き込みご飯や
たくさんの郷土料理で食べ切れない
旅で不足しがちな野菜が多いのが嬉しい
明日の朝食もいろいろ聞くと楽しみだ
一五一(九月十二日 山形県村山市)
末子のご縁で四月から親戚になった家を出
程なく距離計が99999から0に戻った
このバイクは十万キロ走って原点に返った
新車登録は二〇年前の一九九〇年だ
一五二
旅の原点とは何だろうと自然に思われた
二十歳頃から寝袋を持ってバイク旅をした
その時はなぜ家を離れようとしたのだろう
雄猫が親から離れるような本能的なものか
一五三
放浪の思いは思春期以後生まれたと感じる
自分探しなどという甘えた思いではない
切実で自己破壊的な欲動が魂を突き動かす
すぐにここを去れと内奥から警告される
一五四
四十年経った今日も旅の日を送っている
私を旅に駆り立てる力は何なのか
わからないがそれは確かに今もある
わからないからこそ追い求めている
一五五
何かの出会いを求めて旅に出るのだろうか
その何かとは人か土地か風景かもしれない
雄猫と違って配偶者ではないように感じる
ただ旅の中では自分や故郷のことを考える
一五六
雨が降り始め合羽とゴム長と手袋を着ける
薦められた作並温泉の露天風呂に行くのだ
奇しくも岩松旅館に招き入れられる
増水時水没する露天風呂があるという
一五七
霧雨に濡れる緑濃い木々を見ながら
露天風呂に一人だけで体を浮かべている
渓流が目の前を音立ててほとばしっている
大きな淵には岩魚か尺を越す魚も見える
一五八
温泉とコーヒーつき昼食のセット二千円
勧められて奮発したがすっかり満足した
雨の露天風呂はとびっきり風情があった
三時間もゆっくりしていると雨が止んだ
一五九
近づくにつれての大渋滞はいつもの通りだ
松島巡りの遊覧船最終便発五分前に着いた
三度目で初めて松島を見ることができたが
松を載せた島々は小雨の中にくすんでいた
一六〇
雨の中をさらに先に進まねばならない 
雨の中で七時になりジャスコを見つけた
雨なので晩飯を食べるひさしが要った
晩飯を食べながらここに寝ると決めた
一六一
決めたら閉店を待たず寝酒を始めた
二時間つぶさなければならない
松島仙台あたりの渋滞ですっかり疲れた
クラッチを使う左手が駄々をこねていた
一六二
テントは張らずマットと寝袋だけにした
ジャスコの寝心地は申し分なかった
天井の低い方に足を向けて階段の下に寝た
国道を走る車の音がかすかに聞こえてきた
一六三(九月一三日 宮城県白石市亘理町)
ここしばらく駐車はサイドスタンドを使う
荷物が重くセンターをかけて腰を痛めた
今日天気は怪しいが腰の調子は悪くない
磐梯吾妻スカイラインを走ることにした
一六四
曇ってはいるが標高が高く見晴らしは良い
ところが最高点一六二二mを越すとガスだ
景色は見えず対向車もライトをつけている
あれが安達太良山…と智恵子がささやいた
一六五
山中の産直小屋で食事ができるようだ
マイタケご飯ときのこけんちん汁定食は
見た以上食べないわけにはいかない
三食これにしたいほど気に入った
一六六
けんちん汁のきのこは種類が多く楽しい
ムキタケアミタケハタケシメジナラタケ
他にもシロヌメリイグチらしいきのこや
野菜も入って具だくさんの大どんぶりだ
一六七
会津田島の道路端でチチタケを売っていた
今年のチタケ採り滑落死はもう六人という
おばちゃんとおしゃべりして一時間経った
ナスの漬け物とトマトをただでもらった
一六八
道の駅の裏手にある空き店舗が気になった
ひさしが長く突き出しバイクも停められる
日光まで走るつもりが泊まることにした
暗くなるまで一時間ほど待つことになる
一六九
トマトの後でおにぎり一個とひじきを食べ
記録を書いて地図を見ていると暗くなった
ひさしの下のバイクの奥にテントを張った
七時半から早々と芋焼酎で寝酒にかかった
一七〇
富山魚津の友人宅に電話をしてみると
妻さんの話では明日の夜は空きらしい
携帯の充電をしつつ友人の帰宅を待つ
二本目の二五度の芋焼酎がよくまわる
一七一
のどが渇いて二個目のトマトを食べる
いつも持ち歩く塩を振っておいしく食べる
百円で大きなのが三つも買えてうれしい
自動販売機の一五〇円のお茶がばからしい
一七二
富山の友人と電話で話し訪ねることになる
忙しい管理職の邪魔をして申し訳ないが
年に一度のことと許してもらいたい
安心してテントに潜りこむことにする
一七三
星が輝いている
白鳥やカシオペアや明るい惑星も見える
今夜は冷え込むだろう
標高七百メートルを越えた場所だ
一七四(九月十四日 会津道の駅田島)
やはり相当冷え込んだのだろう
ひさしのおかげで露は降りなかったが
自分の息がテントの内側に露を作った
テントを乾かすのに一時間かかった
一七五
龍王峡に立ち寄って遊歩道を歩いた
つくづく水の力自然の力の大きさを感じる
ほんの少しのつもりが二時間経っていた
ついでにきのこ特盛りそばも食べてみた
一七六
そばを食べながら地図を確認してたまげた
二五〇キロと予想したが四百キロはある
あわててそばをかきこみ走り始めた
魚津に着くのが三時間ほどずれ込むだろう
一七七
休憩は一度も取らずひたすら走った
いろは坂では前の車を全て抜き去った
信号で止まると一番前に出てダッシュした
止まったのは給油と寝酒を買った時だけだ
一七八
長野に入った路傍にバイクがつぶれていた
長身でやさしい表情のライダーは知っている
二風谷のユーカラで同宿だった若い人だ
確かに長野ナンバーだったと思い出す
一七九
体が無事でよかった
バイクはいくらでも買い直せる
彼も私に気づいたのかもしれない
はにかんだ笑顔で私を見たようだった
一八〇
魚津に着いたのは八時半だった
ルートの選択を誤りスピードが出せず
工事の交互通行では十五分も待たされた
知らない道ではこんなこともある
一八一
風呂に入ってから友人夫婦と食事をした
野菜の多い料理を注文していただいた
十一時まで今の話や昔の話が続いた
北海道白糠の紫蘇焼酎段高譚を飲んだ
一八二(九月十五日 富山県魚津市)
起きると両腕と腰がみしみし痛む
午後から四百キロ走る無茶をしたせいだ
あと四百キロで家に着くが
体が持つかはやってみるまでわからない
一八三
朝から珍しくメール三通電話一本あった
上川きのこ会会長から熊の胆があったこと
愛好会事務局長から九月例会の出欠の件
長男から中国土産にマオタイ酒を探すこと
一八四
昼飯までに二百キロ走った
帰巣スイッチが入ったらしい
ライダーズ・ハイと言うのだろう
脳内麻薬の分泌で気持ちも体も元気一杯だ
一八五
赤信号では先頭に出てダッシュする
旅行中は二千五百回転までだったが
昨日からスタートで三千五百まで回す
三千回転からの伸びが小気味良い
一八六
道の駅でニシンそばを食べた
北前船の歴史のある所らしい
江差や松前のニシン御殿を思い出し
懐かしくなって頼んでしまったのだ
一八七
危ない思いをした
信号で止まっている対向車線の
車の間から車が出てきた
急ブレーキでスリップしながらも止まれた
一八八
今回の旅行で初のヒヤリハットだ
左からのバイクを見ずに右折する車がある
十回に一回はぶつかって怪我をするだろう
家まであと一時間で事故など考えたくない
一八九
さらに慎重に鳥取県に入った
家まであと二十分 七時の夕食に間に合う
玄関に入りバイクを倒さないように降りる
二二日間の北海道バイク野宿旅が今終わる

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