続シリエトク―素顔のオホーツクに会いに

四行詩でつづるバイク野宿旅日記
続シリエトク―素顔のオホーツクに会いに―
河原清夫

目次
続シリエトク―素顔のオホーツクに会いに―
四十年後に届けるラブレター
ふくべむら川柳の手習い
あとがき

一(八月二二日 鳥取市福部自宅)
走り出すと一気に家を離れ
日常を振り切った
昨夜の雨はからりと上がり
秋空を赤トンボが群れて飛ぶ

春来峠を越すとき
学生時代の思い出がよぎった
バイクで家を出て春来峠のてっぺんで
冷たく光る雪を見たこと

昼が近づくにつれて
真夏の太陽が高笑いを始めた
休憩をかねて道の駅でお茶を飲み
海辺の無料キャンプ場を探した

越前海岸は晴れたまま
何十キロも海に沿って続いていた
まだ海水浴をする若い家族もあって
週末の浜辺は賑わっていた

一日中良い天気で
大好きな海辺の景色を見ながら
ほそい田舎道を通って
オートバイの旅ができる幸せ

他人よりうんと遅い時計で動くという人に
幸せな時ほど時間はゆっくり動いてほしい
そんな幸せの中で私の一日が終わった
寝酒の幸せはまだ終わらないけれど

楽しみに着いたキャンプ場は泊まれず
河川敷にテントを張ると車がうるさい
海岸の駐車場に移動したが
若者たちが花火で騒ぐのでまいった

明かりを消すとコオロギの鳴き声が聞こえた
コオロギはずっと鳴いていたのだろうに
うねるように海鳴りも聞こえ始めた
それまで聞こうとしていなかったと気づく

去年の旅の教訓を生かし
さまざまな工夫をして旅立った
アクセルを固定する仕掛けや
合羽を短い長靴に止める仕掛けなど

長靴のチェンジの時当たるところは補強し
テント類のケースの縛る位置も変えた
おかげでずいぶん楽になったが
体力の衰えすべてはカバーできない
十一
私もかつては若者だった
夜を徹して騒いだり
他人より自分を優先した
若者たちの配偶行動をとがめまい
十二(八月二三日 白山市小舞子海岸)
早朝五時に目覚め
乾いたテントを難なく片づけ
六時には走り始める
朝のツーリングは気持ちいい
十三
金沢の国道八号線は高速のようだった
エンジンは昨日も今日も快調だ
二千五百回転で静かに回る
速度違反で捕まらないよう気をつけよう
十四
七時に朝食にする
海藻サラダに煮物に牛乳
味噌汁を作り主食はバナナだ
食後のコーヒーまでついている
十五
魚津に向かう眼前に山脈が立ちふさがった
北アルプス立山連峰剱岳を始め
ごつごつと切り立つ三千メートル級の山々が
荒々しく恐れを感じさせる
十六
親不知の海は荒れていた
波頭が強風に吹き飛ばされていた
道路は高い断崖の上を曲がりくねるので
わき見をするのが危険なほどだっだ
十七
今夜の風呂は珍しかった
タオルとバスタオルを貸してくれて
五百円とは安いものだ
ついでに携帯を充電しニュースも見た
十八
今日も四百キロ近く走った
寝る場所探しで時間ロスは出るが
おかげで無料の野宿ができる
今夜は鈴虫の大合唱つきだ
十九
両手が痛む
ハンドルを押さえるだけの左手と
固定部品のついたアクセルを回す右手が
二日目でもう音をあげている
二〇
夜半突然土砂降りになった
テントを打つ激しい雨音で一度に目が覚めた
フライシートを固定していてよかった
通り雨にしては長く降って止んだ
二一
ほどなくハーレーのエンジン音が近づいた
夜間距離を稼いでいて降られたか
ずぶ濡れで寝るところもないのかもしれない
目を閉じたままやがて走り去る音を聞いた
二二(八月二四日 新発田市紫雲寺海岸)
六時に起きテントから出て驚いた
バイクが水の中にぽつんと立っている
いつもはバイクの横にテントを張るが
幸運すぎる芝の上の野営だった
二三
笹川流れで遊覧船に乗ろうと思ったが
波が高くて欠航だという
つまらなく船着場で焼き魚を食べ
何枚か写真を撮って進んだ
二四
去年は大雨で宿を取った象潟は
今日はよく晴れている
展望する九十九島は笑っていた
芭蕉は雨の象潟で引き返したのだった
二五
象潟を出てすぐ積算距離計が八万になった
このバイクは十九年間で地球二週分走った
その半分以上は三年間で私と走ったものだ
まだまだ元気で走り続けてほしい
二六
初めて男鹿半島を走った
変わった形の岩が目を引く
道路は切り立った崖のはるか高みを
集落があれば海近くを上下する
二七
今日は見物が多く距離は出なかった
男鹿半島の先端入道崎に野宿した
あと四時間で青森に着く
寄り道しても明日は北海道だ
二八
今日も初めての体験がいくつもあった
日常を振り切って旅に出る価値はこれだ
毎日のように死ぬ姿を想像する
たとえば少し体重移動を間違うカーブで
二九
岬……先端に惹かれてしまう
大地が海に突き出す最果ての地
数万年前の人類も岬から海を見
水平線の彼方に向かって乗り出した
三〇(八月二五日 秋田男鹿半島入道崎)
両手が痛むのを我慢して青森に着いた
時間の余裕があると思えば出航五分前だ
遅れたら二時間半待たされた上
函館に着けば夜九時になるところだった
三一
予定外に高速船に乗ることになり
料金もしっかり払うことになった
それでも後悔はない
船中でバイクを倒されたりしなければ
三二
走行距離を確認すると
家から青森港まで千三百キロ走っていた
四日間と千三百キロ
これが北海道の遠さそのものだ
三三
うとうとし気がつくと二時間たっていた
船の前方にははや北の大地が広々と見えた
時間に従ってほんの少しずつ大きくなる
あと三十分もかけてやっと函館に着く
三四
函館のオートキャンプ場に早々と入った
去年泊まって気にいったからだ
設備が良くて一泊五百円
ホタテと北海道限定ビールを奮発して祝った
三五
去年の旅行で知り合った札幌の人に電話した
しばらく声が出ないほど驚いていた
偶然にも二人一緒だった
私は二人に「鳥取の旅人」と呼ばれている
三六(八月二六日 函館白石キャンプ場)
よく晴れて夜は冷え込んだので
テントが露でぐっしょり濡れている
日に当てて乾かすのに手間取り
出発までに一時間もかかってしまった
三七
森町の道の駅でオオナゴの燻製を買った
去年初めて食べて気にいったのだ
コーヒーを飲みゆでトウモロコシを食べ
来たライダーとオオナゴのうまさを話した
三八
長万部で名物の蟹飯定食をたのんだ
定食一人前は多すぎるので
半分残して持ち帰りにした
それが晩御飯になるわけだ
三九
道路は地平線までまっすぐ続いている
右に青い噴火湾の海を見ながら走っていく
海風に一面のススキがなびいている
さわやかな秋晴れの午後だ
四〇
去年出合ったアイヌ語教師の女性に会いに
白老ポロトコタンを訪ねた
ウイスキー色のポロト温泉につかり
ポロトの森キャンプ場に入った
四一
キャンプ場で声を掛け合って夕食になった
東京から車で来た地元出身の三人の若者は
勤めている人もそうでない人も同級生だ
旅って可能性を広げてくれると一人が言う
四二
明日休むって店長に電話しようかな
というか明日家に帰れないかも
昨日母さんに出てけって言われたし
そんな話が静かに続く
四三
名のることもなく若者たちと別れた
もう二度と会わないだろう人たちと
楽しい人生のひとときを共に過ごした
心に残る特別な一夜だった
四四(八月二七日 白老ポロトの森)
昼食は豪華に鮭のっけ弁当と蕗の煮物だ
海藻を水でもどそう目を放したすきに
弁当をカラスに食われて質素に買い足し
鮭にぎりと蕗の煮物と海藻サラダの昼食だ
四五
コンビニで陸別から来たおっちゃんが言う
ついスピード出るから気をつけてな
俺は速度守ったことないけどゴールド免許
と言われ同じですと答えて別れた
四六
陸別のうどんやさんは留守だった
しかたなく阿寒湖のコタンをめざした
小雨の中初めての峠を越した
砂利道が続きすっかり疲れた
四七
阿寒湖アイヌコタンの日川民芸店は不在
民芸店たいらの若主人は出迎えてくれた
去年初めて会ったのに昔なじみのようだ
人のつながりの深さは長さとは関係ない
四八
おっかない親父のライダーハウスに入った
去年いた老いた犬はいなくなっていた
三人の客は無愛想で声をかけたが答えない
風呂を口実にさっさと外出した
四九
カラスに食われたのがしゃくにさわって
夕食にもう一度鮭のっけ弁当を買った
五百カロリーあるので朝食に半分残した
腹立ちがやっとおさまった
五〇
食後日川民芸店をもう一度訪ねた
しばらく四方山話をしたあと
アイヌの酋長のおじいさんの写真の前で
アイヌ服の日川さんの写真を撮った
五一
アイヌコタンに来たらやはり古式舞踊だ
もう何度目にもなるチセに入った
一番好きな鶴の舞や黒髪の踊りもあった
ムックリも鳴らせるようになりたかった
五二
お盆を投げる踊りの相方をし
最後の踊りに参加した時
踊りの指導者山本さんの娘さんに会った
そのあと生活館で山本さんとも話した
五三
また「たいら」に行き主人と話す
アイヌの話よりバイクの話が多かった
そこで民族楽器ムックリを買った
鳴らし方を習って閉店時間を過ぎた
五四
ハウスで妻にメールを打つが返事がない
もう宿六のふうてん旅の心配は卒業し
いつものように階下に携帯を置いて
猫のくららと安らかに眠ったのだろう
五五(八月二八日 阿寒湖Rハウス)
朝から雨なので洗濯することにした
ちょうど洗い物がたまっていたところだ
コーヒーを飲んだりしてゆっくり過ごし
阿寒湖畔を離れて知床をめざす
五六
峠越えは深い霧の中だった
夕暮れ時のように薄暗い中
時々ライダーのヘッドライトがすれ違う
視界は数メートルしか効かない
五七
霧に濡れながら走り続ける
気温が二十度あるのがありがたい
寒さは感じない
あと数度低ければ手が動かなくなる
五八
本降りの羅臼でハウスに逃げ込んだ
一泊千円は高いがしかたがない
近くのハウスはすべて廃業している
時間があるので新聞を買って読んだ
五九
雨のせいかハウスはにぎわっている
他の人がチャンチャン焼きを食べている間
大部屋で一人いつもの質素な夕食を摂る
今年は寝酒を糖質のない焼酎にした
六〇(八月二九日 羅臼Rハウス白樺)
窓から朝日が射している
どうやら前線は抜けていったようだ
知床からオホーツクの海岸を見られる
気温はかなり下がっている
六一
知床峠で羅臼岳に挨拶し
道の駅うとろシリエトクに立ち寄り
オシンコシンの滝を写真に撮り
穏やかなオホーツク海を右に見て北上する
六二
バイクはマイノリティーの乗り物だ
車には白い目で見られることも多い
バイクは孤独な乗り物だ
だからすれ違うとき互いに挨拶する
六三
バイクは危険な乗り物だ
事故れば必ず怪我をする
バイクは自由な乗り物だ
駐車も渋滞も気にしない
六四
「ライダー大歓迎」の文字を見て入る
でかいトマト四つで百円
ゆでトウモロコシ百五十円
ゆでジャガ三つで百円の昼食だ
六五
もちろん食べきれないので持ち帰る
鳥取から来たなどと話しているうち
冷たいメロンのサービスだ
これはうれしい思い出になるだろう
六六
お腹がくちくなっただけでも幸せなのに
メロンをもらってさらに幸せな気持ちだ
お天気も良く暑くなってきた
ジャンパーのチャックを多めに開けて走る
六七
思い出に残る小清水原生花園に入った
初夏より少ないが何種類も花が咲いていた
駐輪場でカワサキW650を見ていたら
静岡から来たと言うライダーは女性だった
六八
すでにオホーツクの海は紺色になり
夕日を浴びてさざ波を立てている
今は穏やかだが違う顔も知っている
そろそろ寝る場所を探す時間だ
六九
紋別のライダーハウスを見落とし
日の出岬の名に惹かれてキャンプした
風が強くトイレの風裏にテントを張った
九州からのライダーと二人だけだった
七〇
夕方から冷え始めとうとう十五度だ
晴れているので今夜は露が降りるだろう
近くの塩っぱい温泉で温まったが
寝る頃には手がかじかんだ
七一
テントにもぐり込むと風がうなる
風は雨よりいやだ
テントがばたばたうるさく寝づらいが
文句を言ってみても仕方がない
七二
風の吠える声を聞きながら眠りにつく
明日は最北端宗谷岬だ
北海道土産を送るとするか
利尻島がきれいに見えるといいな
七三(八月三〇日 日の出岬)
風の音よりトイレの音がうるさく
日も射さないので七時まで寝過ごした
風は収まり薄曇りの岬の海は
穏やかに凪いで広がっている
七四
地元ライダーに遡上の盛りと教えられ
音稲府橋からのぞくと鮭が目に入った
たくさんの鮭が重なりあって群れている
死んで腹を見せている鮭もいた
七五
鮭もまた理由を自覚しないまま
数年間の長い旅をするのだろう
故郷の川で生殖行動の後に死ぬために
人も鮭とそれほど違わないと感じる
七六
鮭は河口で体液濃度の調整をするという
ここに群れている鮭は二度と海に帰れない
鮭はなぜ生きるのか悩まないにしても
死を覚悟して遡上を始めるのかもしれない
七七
河口近くの海辺に釣り人が並んでいた
聞くとカラフトマスを釣っていると言う
なるほどビクに大きなマスが入っている
十人の釣り人にマスは一匹だけだった
七八
枝幸の川で鷹が死んだ鮭を食っていた
十匹ばかりの鮭が白い腹を見せて動かない
産卵にはまだ早いはずだ
体液調節に耐えられなかったのだろうか
七九
陸地の地形は高く低く波打ちながら
オホーツク海は変わらず右にある
宗谷岬まであと二時間
見たかったオホーツクを見ながら走れる
八〇
恐竜トリケラトプスの頭のような岬
あれはまさしく神威岬だ
去年の旅では強烈な思い出が残った
また国道を外れて岬を巡ってみよう
八一
岬の手前の海岸に竿が並んでいる
浜に下りた目の前でカラフトマスが釣れた
またしてもカムイの粋なはからいだ
カラスも鷹も人間も魚を食って生きている
八二
岬の先端でアイヌの挨拶をした
陽は高く昇りオホーツク海はますます青い
他人に信じてもらわなくていいが
私のカムイは確かに神威岬にいたのだ
八三
去年の春花が咲き乱れていた辺りで
何かを摘んでいる人がいる
野いちごをジャムにするのだという
カムイが初めてラクヨウを見せてくれた
八四
このオホーツクラインの真っすぐなこと
しかも前にも後ろにも車は見えない
横風が海に向かって吹いている
秋口の北海道もいいじゃないか
八五
海は青いもの
海は広いもの
だけどこのオホーツクの青さ広さはどうだ
去年は見られなかっただけに思いが深い
八六
宗谷岬は夏の賑わいが消えわびしかった
土産物屋の売り子も愛想がなかった
早々と閉め始める店もあった
海では波が風とたわむれて遊んでいた
八七
去年も泊まった「漁師の店」に入った
驚いたことにバイクがごちゃごちゃある
口コミで集まり今夜の泊まりは二十人だ
夕食はやはりウニ丼だった
八八
食事のあとは食器洗いまで自分でやる
なれない手つきのライダーも多い
この漁師の店は家事指導無料で
一泊二食昆布焼酎つきわずか二千円だ
八九
天気はよいが宿を取ったのは衆院選のためだ
世直しを願って期日前投票は済ませて出た
テレビの出口調査がすごいことになっている
それほど多くの人が日本の変革を望んだのだ
九〇
輪になってオーナーと振る舞い酒を飲む
どうしてここを始めたって?
ライダーが好きだから
聞かれてオーナーは気負わず答える
九一
出るときあまりふかさないようにな
このあいだパイプ抜いたハーレー六人が
やかましくて近所から苦情があってな
マナーの教育までしてくれ帰っていった
九二(八月三一日 稚内野寒布漁師の店)
政権交代の朝オロロンラインを走った
晴れ渡って利尻島は朝日を受けている
初めて見る見たかった順光の利尻山が
海の上にどっしりと座っている
九三
左から太陽右から利尻山に見つめられ
サロベツ原野を逃げ水を追っかけて走る
南下するにつれて利尻はだんだん近づき
やがて少しずつ後方に遠ざかる
九四
オロロンラインから野寒布岬に引き返す
今度は利尻は左になり礼文も見える
太陽は少し高くなって後ろから照らす
水平線は長く長く続いている
九五
利尻山の頂に白く小さな雲がかかっている
白い波が次々と打ち寄せてくる
道端に赤い浜茄子の実がたくさんある
鮮やかでぜいたくな時間を過ごしている
九六
透明な秋晴れの風景がゆっくり変化する
利尻はとうとう後ろに小さくなった
旅はすでに帰途にかかっている
来て良かったと天候に恵まれて思う
九七
今日は人生も順風だ
宗谷岬で同じ名の歌を聞きながら
見たかったものを見ている
青い海だけのオホーツクの海
九八
あと半日オホーツクを見ながら走る
会いたかった風景に浸りきって走る
そのために二千四百キロ走ってきたのだ
幸せな時間がゆっくりと流れてほしい
九九
去年は霧のベールをまとったままだった
すっぴんのオホーツク海が目の前にある
澄んだ小さな波が静かに寄せてくる
青い海が空をくっきりと区切っている
一〇〇
八月末日まさに旅の頂点の日だ
光って咲く花を揺するそよ風
砂浜に寄せる白い波
視界に収まらない青い海の上の青い空
一〇一
ホタテの漁獲高日本一だという猿払村で
お昼にホタテのバター焼き定食を奮発した
五年ものだというホタテが四つもあった
ご飯はやはり半分にしてもらった
一〇二
千畳岩を見に行ってみた
看板の立派さに比べそれほど広くない
バイクに乗ろうとして千円札に気づいた
お札を拾ったのは初めてかもしれない
一〇三
今日も音稲府橋の下に鮭は群れていた
ただ少し数が減り動きも出たようだ
体液濃度の調節と覚悟ができた鮭は
もう死出の旅立ちをしたのだろうか
一〇四
オホーツクを見ながら半日走り続けた
背中から夕日が射してくる
バイクの前を影が先導している
バックミラーが夕空を丸く切り抜いている
一〇五
ばら色の夕空を映していた海は
少しずつ少しずつ暗くなっていった
陽が沈むと夕焼け空の下だけ光っている
夕凪の海が暮れきるまで見ていた
一〇六
今夜も紋別のハウスのおっちゃんは元気だ
例の焼酎の牛乳割りを注ぐ注ぐ
宿泊料は千五百円と張るが
酒代と風呂代込みだから高くはないか
一〇七
ホテルは大嫌いなんだ
若いお嬢はいるけど鍵を渡すだけで
こんな酒もでないだろ
五時間相手をして帰っていった
一〇八(九月一日 紋別ライダーの宿)
九月に入った朝は一気に秋が深まっている
広いハウスで一人きりの朝食を摂る
それから防寒ジャンパーを内に着こみ
手袋を冬用に換えて出発する
一〇九
雨が降り出した
合羽 長靴 ゴム手袋を身につける
リザーブになって六六キロも走り給油した
だんだん体が冷えるがサンゴ草を探す
一一〇
サンゴ草はもう赤く染まりかかっていた
雨が激しく写真を撮るのも大変だ
地元ライダーの薦めでやってきた
これも初めての出会いだった
一一一
雨を避け網走のハウス夕日の家に入る
七十過ぎた主人にすっかり気にいられ
ここの経営を任してもいい
奥さんと来て何か月でも泊まっていけ
一一二
道楽だとログハウスを作り
リスと広い敷地の管理をし
ライダーハウスの経営もするが
楽隠居できる大企業の社長さんだ
一一三
オシンコシンの滝の下の橋は
高校生のとき作るのを手伝った
宗谷岬では高台のクリークを探すといい
古時計に囲まれて主人の昔話を聞いた
一一四
自民党員 大地党員 民主党員だという
商売上のつきあいでしかたないそうだ
ビールをふるまわれ暖かい部屋に
追加料金なしで寝させてもらった
一一五
だんだん北海道にはまりこんでいく
どこで暮らしたっていいのだから
ここ網走で暮らしたってもちろんいい
半年や二、三年なら楽しく生きられる
一一六(九月二日 網走夕日の家)
二階の暖かい部屋で気持ちよく目覚めた
朝食後泥んこのバイクを丁寧に洗い
おいしいお水とたてた珈琲をいただき
ハウスと主人を記念撮影して出発した
一一七
あなた忘れる旅だけど霧が心を迷わせる
美空ひばりの歌が流れる美幌峠は晴天だ
穏やかな屈斜路湖もよく見える
去年は濃霧で道路すらよく見えなかった
一一八
白樺ととど松に囲まれた津別峠の展望台は
冷たい青い風が屈斜路湖から吹いてくる
振り返ると高い太陽の下に富士の形の山
これから向かう雄阿寒岳だろうか
一一九
霧の摩周湖は今日も晴れ渡っている
来るたびに晴れている運のいいところだ
摩周山の崩れた岩肌に日が当たっている
湖の手前はすでに日暮れを迎えて暗い
一二〇
目の前で品川ナンバーがパトに捕まった
制限速度を三十キロ以上オーバーだ
私は二十キロ以内を原則に走る
万一捕まったときも痛みは少ない
一二一
天の恵みは心正しい者にしか与えられない
恵みはむさぼらず少し残す祖先の戒め
阿寒のチセで初めてユーカラ劇を観た
客は二人だけで出演者に申し訳なかった
一二二
今夜の阿寒のハウスは確か四回目だ
親父は相変わらず無愛想だ
アイヌとしてどんな人生を送ったのか
何を聞いても知らんな ばかりだ
一二三
土産物屋で鹿角細工屋を紹介され
鹿角細工屋できのこ好きを紹介され
明後日きのこ採りに行くことになった
明日のきのこ採り案内人も紹介された
一二四
しかも明日の昼飯に採ってきたきのこ
ヤマドリタケを食べさせてもらえる
おっかないライダーハウスに連泊を決めた
人間関係がつながればどんな願いもかなう
一二五(九月三日 阿寒湖Rハウス)
ネイチャーセンターのガイドは出払って
オンネトーでのきのこ狩りを断念した
明日早朝のきのこ狩りは頼んでいるので
いい天気の阿寒で一日ぶらぶらできる
一二六
アイヌ料理の店で鹿肉のオハウ定食を食べ
教えられたボッケへの小道に入ってすぐ
紫色の烏帽子形の花がたくさん咲いている
アイヌの大将に聞いたトリカブトだった
一二七
阿寒湖はよく晴れて深い色をしている
ボッケはアイヌ語で煮え立つの意味という
別府の坊主地獄のようだった
火山活動の名残を感じさせる
一二八
阿寒湖はマリモ以外にも独特なものが多い
ヒメマスという紅鮭の陸封型も棲む
湖の周りで多くの種類のきのこを採った
どれも鳥取では見たことがない種類だ
一二九
水際に啄木の歌碑があった
建てられた昭和二六年は私の生年だ
神のごと…阿寒の山の…と読める
いきさつと歌の意味が知りたいものだ
一三〇
夕食時アイヌ食の店にきのこを持ち込んだ
シロシメジとオシロイシメジのバター焼き
ヤマドリタケのオリーブオイル炒め
これはもううまくてうまくて北海道満喫だ
一三一
夜ハウスの親父と大ゲンカしをた
アイヌのことをアイヌに聞こうとする私
きっぱりと拒絶する親父
同宿者がものも言えず見守っていた
一三二(九月四日 阿寒湖Rハウス)
約束どおり朝早くきのこ採りに出発した
何度か道を折れ落葉松林に入る
初めてこけしのようなハナイグチを採った
地元ではラクヨウキノコは一番人気だ
一三三
できれば風呂に入るほうがいい
エキノコックスが心配だからと言われた
礼と別れを言ってハウスを離れるとき
親父は仕事の手を止め笑顔で見送っていた
一三四
昼飯にラクヨウの味噌汁を作った
採って食べたきのこが三種類増えた
これで合計八二種類になったかな
北海道に多いマイタケも採りたかった
一三五
襟裳岬への黄金道路は波がかぶっていた
百人浜を通るとき遭難した百人を思った
今日の襟裳岬は風が静かでゆっくりした
だが曇り空の夕刻で景色はくすんでいた
一三六
夕暮れ時新冠のライダーハウスに入った
天気予報で雨が来ると言っていたからだ
晩飯を食べ道の駅にトイレを借りに行き
出ると土砂降りになっていた
一三七
雷とかけて親父の頭と解く その心は
古なる光る のなぞなぞを思い出す
しばらくの間停電まであった
去年もブルートレインはレインだった
一三八(九月五日 新冠Rハウス)
朝は雨が上がり道路は乾いている
出発しようとスタンドをはねる時
バランスを崩しバイクを倒してしまった
荷物が重いので気をつけているのだが
一三九
路面はタイヤの跡だけ乾いている
前方の空が暗く雨のようだ
白老の手前でとうとう合羽を着る
ゴム手袋はまだ着けないで走る
一四〇
コタンに着くなりアイヌ食をいただいた
鮭の汁物エゾシカ肉にギョウジャニンニク
初めてのオオウバユリの天婦羅に蕗の煮物
エント茶で炊いて色づいたヨモギご飯
一四一
ユーカラを楽しむ会の講師は酋長売店の方だ
叙事詩やアイヌの口承文学の講義が
アイヌ食付きで五百円で聞けるので
多少の無理をして日程を合わせて来た
一四二
若々しく生き生きとオイナを歌う
話の中の人間関係やストーリーを解説する
参加者の様々な質問に答える
昔のアイヌの生活が目の前に浮かんだ
一四三
ドイツの人 台湾の人も参加していた
鳥取からの私はまだ近い
質疑応答が三時間近く続いた
十二時に始まった会は十六時過ぎて終わった
一四四
雨が降り続いている
テント泊を断念し白老温泉ホテルに入る
名前は立派だが温泉つきで千五百円だ
ただし大広間にシュラフで寝ることになる
一四五(九月六日 白老温泉ホテル)
屋根に落ちる雨だれの音で目が覚めた
雨を押して出発するかしばらく待つか
お汁を作ったりコーヒーを飲んだりする
四百カロリーの朝食後雨は止んでいた
一四六
函館に向かう道に救急車が停まっていた
変なところにバイクと手袋があった
ライダーは見当たらなかった
私もいつ事故に見舞われるかわからない
一四七
道の駅でオオナゴを土産に買い占めた
安いがうまくて去年すっかり気に入った
しかもいか飯の森町だけしかない
入る限り買って詰め込んだ
一四八
大間行きのフェリーに乗り込んだ
十三日間の北海道との別れだ
バイクの固定はしっかり確認した
当然だが何事もなく本州に渡してくれ
一四九
啄木が眠る函館山が小さくなる
アイヌモシリが遠ざかる
フェリーは津軽海峡に乗り出していく
海はしだいにたそがれる
一五〇
大間に着くと真っ暗だ
大間崎の去年も泊まった野営場に入る
炊事棟に三人寝ていて四人目になる
偶然北海道と京都の友人のメールを受けた
一五一
夜九時なのに二二度もある
オホーツクとの温度差は驚くばかりだ
台風の接近によるものなのかどうか
風はほとんどなくシュラフが暑い
一五二(九月七日 青森大間崎野営場)
マグロの大間の夜が明けた
十日ほど住み着いている親父さんと
四国からやってきた中年の夫婦と
北海道の話でしばらく盛り上がった
一五三
淋代(さびしろ)という場所を走っていた時
寺山修司記念館の案内を見て行った
太宰治の本名も修治だったと考えつつ着くと
月曜休館で確かに淋しい思いをした
一五四
小袖海岸に通じる一車線の道路は良かった
兜岩 釣鐘洞 名のない島もいい形だ
何度も停まって景色を見た
国道をはずれて海辺を走って良かった
一五五
夫婦岩の看板を見て行ってみた
よく見れば夫婦和合の形にも見える
海女センター前の人がもっと前だと言う
なるほど二つの岩に綱が渡してあった
一五六
早々と普代浜に着いてテントを張った
今日は天気がぐずつき一日中長靴だった
明日は晴れた陸中海岸を見たい
龍泉洞にも行くつもりだ
一五七
夜八時名古屋のライダーがやってきた
旅の話をして二時間たった
自分のことを話しすぎたと反省する
今日もまた賢くなれた
一五八
今夜は久しぶりに海の子守唄が聞こえる
荒れているのでなく海が近いのだ
崩れる波の音がリズムよく大きくなる
荒れていれば太鼓を連打する音だ
一五九(九月八日 岩手普代浜野営場)
波の音が聞こえてきて目が覚めた
小雨が降っている
朝飯に賢治を思い出す小岩井牛乳を飲み
私も合羽を着て出発する
一六〇
黒崎 アンモ浦 北山崎は雨の中だ
雨の海もさびしげで味わい深くはあるが
やはり青空の下で明るく笑う海を見たかった
めったに来られない陸中海岸だから
一六一
予想通り前輪のスリップサインが出てきた
雨の日はコーナーではスピードを落とす
あと千キロで家に着く
その後すぐにタイヤを交換するつもりだ
一六二
バイク事故を見たからだろう
風の音に救急車の音が混じる
若い時は事故は怖くなかった
今は事故を起こさないよう細心の注意を払う
一六三
龍泉洞は気温十度で手が冷たくなった
水深九八メートルの地底湖は圧巻だった
急角度で昇る長い階段も印象に残った
それほど洞窟は高低差があるのだった
一六四
昼食はきのこそばとイワナ寿司のセットだ
ナメコとヒラタケとナラタケが入っていた
イワナ寿司はショウガを乗せてあった
血糖値が上がりそうだがたまにはいいとする
一六五
午後はうまく晴れてきた
陸中海岸熊の鼻の海は輝いていた
地底湖に負けぬくらい透明だった
北山崎まで引き返すのはあきらめた
一六六
道の駅たろうで年配の人に声をかけられた
おれもこれに乗ってたんだ いいバイクだね
走りやすいし ミニカウルがいい
バイクから降りねばならない日は必ず来る
一六七
三王岩には圧倒された
頭髪がわりに赤松を何十本も乗せ
笑った口から不ぞろいな歯が見えている
鼻すじの通った老いた神のようにそこにいた
一六八
潮吹穴は音をたて盛大に潮を吹き上げた
去年と違って今日は大サービスだ
もうふた昔も前になるだろうか
潮吹きを売りにしていた女優を思い出す
一六九
浄土ヶ浜は島も小石もみんな白い
そこに松と草の緑が映える
外海は荒波だが浜はさざ波だけ
駐車場から遠すぎキャンプはあきらめた
一七〇
今夜は宮古の百円のキャンプ場だ
天然温泉六百円は高いが携帯の充電もできた
護岸の細い道を教えられて温泉に行ったが
帰りに道をまちがえ坂道をバックで登った
一七一
かすかに海の寝息が聞こえる
キャンプ客は私一人だけだ
降られた時の用心のために
昨日と同じく炊事棟の中にテントを張った
一七二(九月九日 岩手宮古運動公園)
明け方放射冷却の寒さで目が覚めた
バイクは全身に大粒の露をまとっている
青空に浮かぶ羊雲の下を朝日を浴びて走る
海は空を映して空よりも青い
一七三
去年泊まった姉吉キャンプ場の先にある
本州最東端魹(トド)ヶ埼に行こうとしたが
徒歩で片道四キロは遠すぎてあきらめた
遊歩道入口に松茸採り禁止の立て札がある
一七四
ふるさと山陰のきれいな海はよく知っている
だがこの陸中海岸の群青色の濃さは何だ
寂しいほど青く染まった海を見て気づいた
そうだ これは秋の海の色だと
一七五
松島の手前で充電警告ランプが光った
重大な故障だとわかって頭が混乱した
へたをするとバッテリーあがりで走行不能だ
少し走ると警告ランプは消えほっとした
一七六
松島周辺はキャンプ禁止と聞いて山に向かう
キャンプ場に向かう途中また警告ランプだ
電圧計はいつもより二ボルト下がっている
鳥取まで帰れるか 送り返す場面もよぎる
一七七
またランプは消えたが不安は強くなった
キャンプ場に着くが人手不足とことわられ
引き返してダム湖の駐車場にテントを張る
夕闇の迫る中張り終えヘッドランプで夕食だ
一七八
旅って可能性を広げてくれるよねと声がする
予測しない不都合に出会うたび腹が座る
大丈夫言葉の通じる日本で命は安全だ
こんなことは非日常の旅の楽しみのうちだ
一七九
今夜なぜこのダム湖畔に寝るのかといえば
ただの偶然としか言いようがない
もし充電警告ランプが点かなかったら
もしキャンプ場が受け入れていたら
一八〇
そんなふうに人生はあるのだろう
もし最初の女に逃げられなかったら
もし留年して今の妻に会わなかったら
もし高校時代の同級生とつきあっていたら
一八一
夜空は曇って白くダム湖も白い空を映す
たぶん冷えこまずテントに露は降りない
たくさんの偶然に導かれて
今日は早めに寝ることにする
一八二
旅では忠実な番犬のように
いつも寝る時バイクが横にいる
昨日の雨で泥んこになっているけれど
文句も言わずどっしりとテントの私を守る
一八三
明日はどちらに進むか迷った
地図を一時間以上検討し
山形から新潟に抜けることにする
明後日には予定通り家に着く
一八四
暗い夜は長い方がいい
いろいろなことを考えて賢くなれる
明るい夜は頭は働かず
目がテレビやパソコンに奪われるだけだ
一八五(九月十日 宮城惣の関ダム湖畔)
空は晴れ渡りバイクは大汗をかいている
昇り始めた朝日を受けてすぐに乾くだろう
しんと静まったダム湖を見ながら食事をし
お汁とコーヒーで五百ccの水を飲んだ
一八六
充電警告が一時間以上続いた
どうやら少しは充電しているようだ
不調でも家まで走れそうな気がする
仙台から山形に抜けることにする
一八七
笹谷峠を越すことにした
道は狭く大型車は通行禁止になっている
水飲み場の冷たい湧き水でのどを潤した
仙人沢といういい名の川のそばだった
一八八
気温はおそらく十度少し
手がかじかんで冬用手袋に替えた
細い道がくねくねと続き車にも会わない
多くの車は高速道のトンネルを通るのだ
一八九
新潟の道の駅で鮎を炭火で焼いていた
立派な天然物がわずか三百円なので食べた
焼きだんごも三百円で売っていた
だんごと同じ鮎がかわいそうだった
一九〇
小雨に降られながら日本海側を南下する
充電警告が何度も光り観光する気にならない
高速には乗りたくないので大きな国道を走る
おもしろみは少ないが気を取られずにすむ
一九一
鯨波近くの野営場に着くと鎖がかけてある
もう暗くなっているので駐車場に寝るか
先に夕食にし風裏を探してテントを張る
アベックらしい車が何度も入ってきては出る
一九二
スズムシや知らない虫が周りで鳴いている
時々テントが風であおられて音をたてる
夜はどうしても耳が敏感になる
明日もう一泊し帰宅は明後日になるだろう
一九三
風が止むとかすかに潮騒が聞こえだした
この公園は山の中腹にあるからだろう
目では確認していないが間違いなく波の音だ
久しぶりの日本海の子守歌で眠る
一九四(九月十一日 新潟柏崎公園駐車場)
朝から市振の関まで一気に走った
道路は車も少なく私のために創られたようだ
もうすぐ魚津 鳥取まで一日圏内に入る
既に故郷の引力が効き始めている
一九五
金沢で昼になった
富山の鱒寿司のおにぎりと野菜の昼飯だ
鳥取までの一番単純な道路を通ることにした
着くとしても夜中だろう
一九六
夏のように暑い街と街をつなぐ国道を通った
ほとんど休まずただひたすら走った
故郷の引力は覚醒作用もあるようだ
三百キロ走っても四百キロ走っても疲れない
一九七
その時ふと帰巣本能という言葉が浮かんだ
考える力が弱った時人も鳥の本能が働くのか
続いて群泳する鮭たちの姿が浮かんだ
今私も母川に回帰する一匹の鮭なのだろうか
一九八
舞鶴を十九時に発った
だいたい三時間で家に着くはずだ
妻はたぶん寝ているだろう
猫はあくびしながら出迎えるだろう
一九九
国道九号に入った
あとは頭のナビゲーションが働いて
自然に家まで導いてくれる
充電警告光が何度も光るがもう気にしない
二〇〇
尾灯について走り路上の物体をよけ損ねた
鈍い音と同時にハンドルが振られた
犬の死骸だったのかもしれない
四十年バイクに乗っていて初めてのことだ
二〇一
予想より少し早く家に着いた
高速に乗らず五百八十キロ走っていた
妻が起きて待っていた
猫は妻より先に玄関に出てきた
二〇二
着いて今年初めての二十世紀梨を食べた
それから荷物をほどいて土産を並べ
郵便物の類をチェックし
何とかたどり着けた祝いの酒を干した

旅の記録

期間 二〇〇九年八月二二日(土)から
   九月十一日(金) 二一日間
   (北海道十三日間)
距離 五六二二キロ(北海道二六五五キロ)
バイク BMW R一〇〇 八四六八七キロ走行
旅費 十一万四千五百円
   飲食費 三万三千五百円
   ガソリン 二万九千五百円
   フェリー 一万四千二百円
   土産 一万七千五百円
   宿泊 一万六百円
   雑費 八千七百円

四十年後に届けるラブレター

学館喫茶室
四十年前学生生活を送った大学で
珈琲を飲もうと久しぶりに学館に行き
喫茶室に入ろうとすると
四十年後の大きな樹が声をかけてくる
  二十歳の頃
大学生たちとすれ違いながら
私の学生時代を思い出す
さっぱりした服装はあの頃と違うけど
やっぱり恋をしたりするはずだ
  学生寮
学生寮の友人とは
毎週徹夜でマージャンをした
旅行中には学生寮の部屋を回り
旅費のカンパをもらったこともあった
  手長エビ
寮の前の湖にはエビがいて
梅雨の頃にはよく釣れた
貧乏学生にとっては
エビはまれなごちそうだった
  モーテル
郊外の大学の近くには
いくつもモーテルがあった
行ったことはなかったけれど
恋人は欲しかった
  黒松林
松の林が好きだった
落ち葉の上に横になれば
さわやかな香りが気持ち良かった
好きな海辺には黒松林があった
  夏
夕日の頃に海辺に行けば
シタビラメや砂蟹がいた
でも一番好きだったのは
夕焼けに染まる海だ
  思い出す昔
ふと思い出したことにつながって
昔のことが次々と思い出される
小学生の頃 中学生の頃
そして高校生の頃 大学生の頃
  夜の海
夜の海に入ると思いがけずあったかく
体を動かすたびに夜光虫が青く光った
強い光の海蛍もいた
夜の海は優しかった
  貝拾い
波打際に横になり
桜貝や角貝や
小さな貝を探して
何時間も腹ばいのまま
  海の色
春は緑がかって
夏は青々として
秋には紺青色
冬は灰色だった
  磯釣り
岬の先端の名の通った磯で
大きなチヌを掛けたことがあった
竿が柔らかすぎたため
荒海から抜き上げることはできなかった
  石鯛
石鯛釣りにはまったことがあった
砂蟹やフジツボをまき餌にし
捨て重り仕掛けでねらったが
どうしても上がらなかった石鯛は多い
  猫
家にはいつも猫が何匹もいた
一年ほどで出ていった雄猫は多い
かしこい雌猫もいた
今も猫が好きだ
  鬼百合
夏には海辺に鬼百合が咲いた
砂地にも岩山の崖にも
オレンジ色に斑点のついた花は
濃い緑の補色で妖婉だった
  おぼれる
海でおぼれかかったことが二度ある
一度は穏やかな海で夢見るように
一度は荒れた海の何メートルもの波で
今も海におぼれている
  潜る
岩ガキやイガイやサザエはたくさんあった
今では市場でも見ないような
大きなアワビを採ったこともある
海の中は宝だらけだった
  待つ時間
中学時代に初恋をした
卒業後勇気を奮って
会いたいと手紙を出したが
何日待っても返事は来なかった
  ラジコン飛行機
小さいが本物のエンジンで飛ぶ
ラジコンの飛行機に夢中になった
軽いバルサの主翼を抱えて
休日は早朝の列車に乗った
  バドミントン
中学校から大学まで
バトミントン部で活動した
体をいじめて走ったのは
瞬間移動をしたかったから
  薔薇
庭に薔薇の木があった
春にはぐんぐん赤い芽が伸びて
形の良い黄色い花が咲いた
今でもピースという名を覚えている
  グミ
大きな実のビックリグミは子らに人気で
そろって近所のグミの木に行った
熟れて赤いグミを食べつくすと
渋さの残るだいだい色の実の食べた
  文通
中学校時代には
よく手紙を書いたものだった
LとかTとかRとか
日記にはイニシャルしか書けなかった
  エンジンの音
大学に入った年に
二輪の免許を取りに行った
ホンダのカブのエンジン音を
雨の日も聞かずには眠れなかった
  一人旅
バイクを手に入れてから
まるで「ここ」から逃げるように
旅に出たくなった
南にも北にも野宿を続けた
  休学
ビッグバイクを買って旅をするために
大学を休学して東京へ
乗って行ったのは一二五ccのバイクだった
アルバイトした新宿 高円寺 町田の思い出
  体力
握力は六〇キロ以上
背筋は二五〇キロ以上
東京のアルバイトで運ぶ紙の荷は
一個平均百キロあった
  恋人
初めての女に逃げられて
今の妻とつきあい始めた
長く逃げた女をうらんだが
今では感謝の念もある
  学生時代
二十歳前後のことを思い出させる
湖山 鳥大 学館 喫茶室
今も珈琲を飲みながら
私の青春時代を思い出す
  四十年の後
心にずっと生き続けている
もう二度と戻れないあの頃の
思い出にどっぷり浸るうち
学生時代の続きの旅に出ようと思った

ふくべむら川柳の手習い
苦楽良猫
二つ折り布団の中が猫の城
耳の先猫のいのちが流れてる
あくびする毛先で遊ぶ日の光
長いヒゲ腹がへる時だけ甘え
野良の傷に喧嘩で守るシロを見る 客一
酒の味わからぬ猫がそっぽ向く
猫が来て夫婦喧嘩は一休み
目を上げて「なにかようかい?」猫娘
猫の手も借りたい時の知らん顔
花が咲き猫と人とが浮かれだす
日向ぼっこ猫と一緒に伸びをする
ぴりぴりと尻尾を上げて目で求め
猫のすることは読めるがつれあいは
子が巣立ち猫が夫婦の仲を持つ
猫の手がこたつの中で足つつく
顎を見せ腹をなでられ目を細め
足元にじゃれてうっかり蹴飛ばした
ひげを張りわしが亭主の顔をする
かいでなめほほすりよせてかんでみる
鳥がいるあごを落としてにじり寄る
丸い目が家具の下からのぞいてる
ぴったりの袋の中にはまりこむ
そそうした猫つかまえて躾する
アゴつけて鯵の開きの顔になる
待ち受けの画面で眠るねこ娘
眠り猫もうすぐ鼻が床に着く
背中見せ知らぬそぶりで耳向ける
「し」の形に尾はやわらかく目を細め
不満だと猫は尻尾でものを言う
爪研ぎも猫の大事な仕事です
外が好きでもすぐ飽きて家が好き
パパがもし猫サイズなら愛せそう
のど鳴らし大柄だけどまだこども
あられない猫の寝姿妻笑う
玄関で客を待ってるスフィンクス
顔洗い舌なめずりしトイレする
猫と妻食事の後は寝る習い
爪とぎをしかられている猫の盆
猫の名にちゃんづけされてはがき来る
番猫にならぬけれども爪は研ぐ
毛皮脱ぎ洗い干したい猫がいる
恩返ししそうもないな伸びた猫
猫の性夜が近づきゃデモ行進

二〇〇八 川柳
みつけたぞたけのこの芽はまだ黄色
ウグイスのもてなし受けてワラビ採り
泌尿器が振り出し内科歯科眼科
一時間待って診察三分間
病院の男女比率は一対二
待つ今日も赤いバイクは行き過ぎる
青空と緑に染まってカキツバタ
青嵐の渓に囲まれ岩の風呂
ブナの下とがるスズコがかくれんぼ
北海の旅の相棒二輪買い
妻よ角かくせこの先まだ長い
相棒に黙って少し早く辞め
失政の反省がなく総裁選
土俵外も外国力士話題取り
政治家の批判は内に向かわない
天気予報はずれてめでたく運動会
自分では食べないけれど金のため
あの人の音で鳴ったがやぼメール
飲み過ぎよ冷たい声で恋女房
ブッシュとはやっぱり藪のことですね
目の前で車がゴミと国捨てた
姿寿司縄張り持って釣られたか
縄を張り出るのがばれる松が生え
大臣の軽い言葉に気が重い
年金も職もないけど気は軽い
砂の上に落書きしたら罰金よ
痛すぎる妻の迎えで違反して
働いても暮らしが立たぬ国になり
他党への批判は元気新総理
湯舟にはつれの若やぐ声響き
休日は金をかけずに湯を巡り
新しい道を通って行ってみる
さよならの声が聞こえぬ総理殿
旧年とともに終われと鐘をつく
解散をするとだまされ年が明け
学力を言うなら高校入試どう?
泥浴びの水牛に見る平和な世
昼にまだ早いと無理に町めぐり
旅人が北海道でのわたしの名
読みさしの本が暮らしのじゃまをする
ガソリンはさがったけれど暮らせない
働いてまた働いて首になり
なぜだろう金持ちだけはもうけてる
見あきたぞ天気予報の雪だるま
拉致を言う日本はかつて殺人鬼

二〇〇九  一月川柳 
  宿題 ゲット
年玉をもらうつぶらな目の光り
職を得長男が家離れます
パソコンのびっくり箱を開けてみる
正月で普段は飲めぬ酒が飲め
年賀状の下二桁に目を凝らし
バーゲンで買うも生活必需品
逃げてきたパソコン買って手習いし
   宿題 牛
牛ほどの忍耐はなく罪犯し
牛の目は世界平和を願ってる
牛になり道草食って生きたいな
遅くとも確かに歩む牛であれ
牛に乗り一年ばかり旅したい
  自由吟
子が巣立ち海外旅行くれました
妖怪が「なにか用かい?」港町
給付金与党議員は欲しいらしい
非正規の願いよ届け年明ける
住む家も持てぬ派遣の冬長く
お笑いで過ぎる正月もう飽きた
正月のテレビは明るい嘘をつき
年の瀬の足はそれぞれふるさとへ
失言とは漏れた本音のことらしい
パソコンで金を動かし世が滅ぶ
初夢が思い出せずにもどかしい
タクシーの運転するも命がけ
若者の店でフリース買う寒さ
日米のビッグスリーもちぢこまり
バブル後の不況がまたも繰り返し
一月十七日来るたび震災よみがえる
百円の品を求めて店めぐり
神の名の言葉にまたも踊らされ 

二〇〇九 二月川柳
宿題 記念日
式挙げて三十年目春の旅
記念日を覚えているか妻が聞く
日記書く今日もだいじな記念の日
バイク来た日は忘れない夕焼ける
宿題 肝っ玉
バンジーをやる肝っ玉いりません
店構え見て昼飯をあきらめる 客五
肝っ玉必要なときお留守です 客二
がんばらぬ姿勢を保つ肝はなし
自由吟
病院が拒否し火葬場受け入れる 客二
子が巣立ち海外旅行くれました
不審者か風邪かマスクと目が合った 地
牛年の春の政局モー吹雪
首切ればやがてあなたの首絞まる
昔からうちのエコカーペダルつき
酒という良薬効いて生き延びる
十パーセントあなただったら払えそう
松葉蟹なぜ若いのに安いんだ?
海賊が出たのはおとぎだったはず
春風のつらいところで花粉飛ぶ
食べられる豆が惜しくて福は内
節分に昔いた鬼もういない
カニかごに獲物があって拿捕される
若者に草がはびこり身を枯らす
ワークシェアかっこいい名の賃下げだ
掃除機が俺を邪魔にし追ってくる
パソコンのサイトに表裏あるらしい
推薦入試何度も不合格もらう
収入は下がり税金また上がり
週末の予報が決めるお湯めぐり
探しあぐね時給三けたで我慢する
医療費がかさみ税金戻ってき
高速はただでもガソリン代高い
ストーブは灯油高すぎ出番へる
かつてない犯罪またも世の末か
医者不足いったい誰のせいなのよ
国益は他国が見れば利己主義だ
最低を更新しつつ世は進む
バレンタイン小さなチョコを数打って

二〇〇九 三月川柳
宿題 チェンジ
スリーアウトなのに続けるへぼ政治
早く来い日本をチェンジ総選挙
ふきのとう食べて今日から春になる
職を辞し妻と国保に切り替える
チャンネルを変える権利は孫が持ち
春が来た日差しと風を浴びて知る
渓流釣解禁間近竿磨く
宿題 冷や飯
冷や飯は鮭茶にするか焼き飯か
妻の居ぬ夜は冷や飯をチンで食う
冷や飯も切られるよりはありがたい
冷や飯のような夫婦でテレビ見る
節曲げず冷や飯食ったときもある
自由吟
給付金反対だけどもらいます
本を閉じコーヒー淹れて余韻飲む
妻の顔見たくない日の魚釣り
七十は八十の眼にゃ若い娘だ
世の中に私はいまも反抗期
花はまだか明るい話題探す日々
回顧録やっと仕上げた身が軽い
名前だけ変えて医療費ふんだくる
手を焼くも親業わずか二十年
末の子の学費を借りて義務果たす
職なくて平日の湯でいのち延び
給付金選挙ある年だけもらえ
初わさびうまく漬かって酒を飲む
夫より連れを選んだ主婦の午後
株安も持たない庶民悩まない
春もはや人事気になる年度末
金かかり議員は法を守れない
歯があれば俺もまだまだ色男
心にも風が吹く夜の手酌酒
出会い系の四、五十代を覗き見る
ただ生きるのに数万の基本料
老境になって煩悩増え続け
怒るより笑っちゃうよとばかにされ

二〇〇九 四月川柳
宿題 女神
つれあいが女神に見えたときもある
不景気を自由の女神知らんぷり
運命の女神は今日も昼寝中
パチンコの盤に向かって女神待つ
夜の街女神探してもう一軒
女神ならストーカー連れ行進だ
川柳会女神が群れてにっこりと
電報は女神微笑むサクラサク
女神様困ったときは呼んでみる
宿題 老後
使い方知らず老後の小金持ち
老後にと夢を貯めたが足弱り
老後って老いの後とはあの世かい
一人ずつ友と別れて番を待つ
株下落老後の備え雲と散る
あといくつ寝れば老後の夢開く
年金は年にあわせて上げてくれ
老後とはいつも十年先のこと
自由吟
午後六時食品前で値下げ待つ
知事選はタレント党のひとり勝ち
スポーツがナショナリズムの旗を振る
憲法の五輪で日本世界一
露天の湯風はくちづけ鳥は呼ぶ
定期預金解約するか断念か
記念日を子が手配したスイートで
中腹に山桜咲き深呼吸
釣れない日山菜採りに宗旨替え
ヤマメ釣り日和でないと言い訳し
川のはた柳の虫で命釣る
暇ができ思い立つとき金はなし
インシュリン打ってツアーの卓に着く
桜咲きアミガサタケに恋つのる
昔なら恰幅がよい今メタボ
クイズ観て額の多さに腹が立ち
株だけは買わぬ庶民の意地がある
辛くなれ気合を入れてわさび漬け
三月になってワラビの塩を抜く
不景気のおかげ高速料下がり
高速道無料ならばと乗ってみる
日本ではアメリカだけがヒーローか
三万の自殺者の恨知れ日本
ロケットをミサイルと呼ぶ国がある
四月だけでないのが怖い四月ばか
雨の日も花の下には青シート
雨後の朝足はタケノコ掘りに向く
旅に酔い温泉に酔い花に酔い
もういいかい聞くといつでもまあだだよ
二〇〇九 五月川柳 
宿題 アイラブユー
アイシテル愛ってどんなものだっけ
記念日もアイラブユーは言えぬまま
ジュテームやウォアイニなら言えそうだ
アイラブユー心の中で言ってます
十代は平気で言えたアイラブユー
恥ずかしくて今では言えぬアイラブユー
宿題 カード
読めないが妻はカードを隠してる
職探しジョーカーあれば出すところ
プリペイド得と買ったが落としたか
金はないけどカードなら持っている
カード出し踏み倒そうか職がない
来月の給料使うカード出す
自由吟
受け取った顔浮かべつつワラビ摘む
新インフル海外旅行ためらわす
帰省した子にふるさとの味を出す
投資家が不労所得の夢を見る
本人も友達も変わが首相
とばっちりいつも庶民が負わされる
新しい野党党首が目を開く
首相より信頼あったアイドルが
産毛ついた香りの高いウドを食う
山菜採り私の五月病重い
春の宵タケノコの香が流れくる
平日のツアーじゃ俺も若い衆
吉野では花も人出も満開に
アラサーの長男長女まだ独り
携帯の機種変更に四苦八苦
夏の日の収穫夢み苗植える
きのこ好き集まり初の会を持つ
インフルは新旧ともにしれている

二〇〇九 六月川柳
宿題 ひっそり
わが母校ひっそりとして子ども待つ
ひっそりと大臣が去るまた一人
「もういいよ」後はひっそり寺の庭
宿題 なれの果て
アメリカとバブルに踊り大不況
あのころはかわいい笑顔だった君
銀行に入ったために使い込み
期待されなれの果てには辞任する
自由吟
賃金を下げて献金出し続け
以前から庶民はずっとクールビズ
インパルスかっこいいだろ戦争用
誰かしらマナーモードですかしっ屁
敵ならば殺してよいと兵器持つ
見返りがなけりゃ献金しませんよ
誤変換笑った後で腹が立つ
どうするのネットで届く不用品
スズコ採り迷ってわかる命惜し
河鹿鳴く夕日の中で竿しまう
つつましくホタルブクロが下を向く
同窓会名前がでないご挨拶
また今度言って会わない人ばかり
県内で捕れるマグロが食べられず
遠来の友に持たせるうふちくわ

二〇〇九 七月川柳
宿題 失業
求めても二人に一人職がない
盗撮で仕事も妻も失って
安物の下着を盗って失業し
悪いこと何もしないに首になり
宿題 火の恋
今ならば恋のおろかさ説けますが
火の恋も金が続かずすぐ消えた
火の恋を待ってるうちにとうが立ち
火の恋はすぐ燃え尽きて灰になる
火の恋で宝が三つできました
自由吟
こんな妻なら百年間も連れ添いたい
延ばされて怒り爆発総選挙
反省会翌日さらに反省し
金持ちのための政策さようなら
暑くってビール飲んだらよけいあつ
大雨の被害ニュースに家が出る
もう二度と見えぬ日食今日見たぞ
朝日浴び香りの高いトマトもぐ
性格は不一致だけどまだ夫婦
思い立ち妻とキャンプの準備する
楽しいキャンプ蚊取りがなくて寝られない
若い頃思い出させるテント泊
思い出す学生時代うぶな君
一畳のテント二人にちょうどよい
近々と若やぐ妻の顔を見る
キャンプ客夜が明けやっと静まった
テント泊風で目覚める丘の上

二〇〇九 八月川柳
宿題 みじめ
漢字力ないと全国知れ渡り
一年で人気落として去るみじめ
濡れねずみやっと帰ると飯がない
みじめです梯子外され知らん顔
宿題 引導
総理Aついに引導渡された
政権に引導渡す投票日
引導を渡した後の未練節
引導を渡すつもりが渡された
自由吟
命託し投票終える期日前
バーベキュー広い浜辺はわしのもの
なつめ植え食べたあの頃懐かしむ
焼酎の湯割りで今日も税納め
わずかでも年金出る日嬉しい日
盆過ぎて夏の太陽大笑い
通帳を見ては何度も吐息つく 客五
降り過ぎた梅雨が明けたと蝉が鳴く
炎天にキュウリも人も水欲しい
早く来い遠い空から声がする
夕焼ける空の彼方の土地が呼ぶ
旅に出る準備そろそろ始めるか
仕事辞め肩が凝らないしあわせよ
旅行社の料金少し負けてくれ
パソコンが壊れて暇をもてあます

二〇〇九 九月川柳
宿題 タブー
人妻に寄せるタブーの恋心
株投資借金だけはやめておけ
タブーゆえ心の燃える恋もある

二〇〇九 十月川柳
宿題 台本
気がつけば台本どおり詐欺にあい
台本は染色体に書いてある
台本を棒読みにして答弁し
宿題 引導
政権に引導渡す投票日
引導を渡されつのる恋心
総理Aついに引導渡された
自由吟
新米のうまさしみじみかみしめる
台風に耐えて冷たい熟柿食う
採ってきたきのこに当たり黙っとく
連載の新聞テレビとばせない
秋晴れに彼岸花映え墓静か
過疎の村榊もなくて獅子が舞う
フィアンセに田舎料理と栗の飯
連休も近場は全て行き尽くし
里の柿熟れて老母の顔ゆるむ
空港もダムもない村静かです
世直しの夢を託すぞ新政権
旧与党今ははぶりが悪くなり

あとがき
 北海道への「シリエトク」の旅から一年、また北海道に行ってきてこんな本をお届けすることになりました。二番煎じでさして面白くもないかもしれませんが、さっさと退職した人間がこんなことをし、考えていると笑って読んでやっていただければありがたいです。
 福部町の川柳のグループに入り、教えていただきながら手習いをしています。ちょうど一年ほどたちました。しかし、まだまだ門外漢に近い初心者です。悩ましいのは、川柳の頭を回していると詩が浮かばず、詩を書いていると川柳ができないことです。最終的にはどちらを選ぶか決断しなければならなくなるかもしれません。
 そんなわけで、実生活の中では山菜・きのこ採りや渓流釣りもやっていますが、そういう内容の詩はできず、川柳の中に時々出てくるだけになりました。
 この本には関係のないことですが、近況報告として。
「鳥取きのこ愛好会」の設立記念総会を八月八日に開き、正式に会長になりました。「鳥取きのこ愛好会の歌」やきのこの写真つきの名刺を作って楽しんでいます。会員はもうすぐ四十人になりそうです。私が採って食べたきのこも八十種類を越えました。
 初めてパソコンを買ってつつき始めました。この本の入力は、妻に手伝ってもらったものの、ほとんど自分でやりました。ミクシィというのにも入って、日記を書いたりフォトアルバムを作ったり、きのこ関係のコミュニティに書き込みしたりしています。かなりの時間を取られます。
 妻と二人、時間が自由になるので、あちこちと安上がりの旅行をしています。バイクで行けば一キロ六円弱の交通費ですむので、中四国はだいぶ走り回りました。温泉も近場では行ったことのないところを探すのが難しいくらいです。車でキャンプしながらの旅行もしました。
 働いていた三十数年間にやりたかったけどできなかったことを、今せっせとやっています。ただし、朝晩食事の前にはインシュリンを打ちながらですし、年金が出るまであと二年あるので、生活にも経済的にも制約があります。退職金が底をつく頃にはお迎えが来る予定です。こういう物言いは川柳をかじったおかげでしょうか。
 この本を手にした皆様のご健康とご多幸を心から願いつつ、十二通目のラブレターを書き終えます。
二〇〇九年十月十五日
追伸 明日は川柳の会、明後日(土)と翌日曜日はきのこの観察会です。あー忙し!

(奥付)
四行詩でつづるバイク野宿旅日記
続シリエトク―素顔のオホーツクに会いに―
発行 二〇〇九年十二月一日
入力補助 河原孝子
レイアウト 吉田敏夫
著者 河原清夫
住所 〒六八九―〇一〇二
鳥取県鳥取市福部町細川六七六‐三七
電話 (〇八五七)七五―二六五四

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