梶山古墳 かじやまこふん

梶山古墳(かじやまこふん)は鳥取県鳥取市国府町岡益にある古墳。1978年(昭和53年)に中国地方で初めてとなる彩色壁画が発見されて注目され、1979年(昭和54年)に国の史跡に指定された。その後の発掘調査で、日本最古の方形壇を持つ変型八角形古墳であることも確認された。

40年前に訪れたことがあり、その時は中に入ることができたと思う。
梶山古墳は、丘の南面を幅約40メートルの馬蹄形に堀りくぼめ、底部を25メートル四方ほどに整地している。墳丘部は対角長17メートル、一辺2.5〜8.5メートルの変型八角形となっている。 墳丘の前(南面)には方形壇(祭祀を行う広場)が築かれている。方形壇は長さ2メートル、幅14メートルあり、玄武岩の石垣で三段にわたって築かれている。
遺物は、須恵器・土師器・刀子・棺金具状鉄製品、金製の薄延べ板などが出土しており、これらの出土遺物から本古墳の築造年代は6世紀末から7世紀初、古墳時代の後期〜終末期と推定される。
石室の奥壁にはベンガラ(赤黄色の彩色)で魚や同心円(日・月)、竜文、三角文を描いている。石室は早くから開口しており、子どもの遊び場となっていたが、1978年(昭和53年)5月、梶山古墳を訪れた同志社大学教授・森浩一により、彩色壁画であることが確認された。
被葬者については不明であるが、675年(天武4年)に因幡に配流された皇族の麻績王(麻続王)(おみおう)であるとの説が有力である。 八角形の墳丘・壁画の魚・南面するプランなどは道教思想が濃厚であること、石室の切石の精巧な技術、壁画の技術などから大陸文化の影響が強くうかがえ、被葬者は相当に身分の高い人物であったことが想像される。
石碑より見下ろす