諸国一宮


伊雑宮

伊雑宮は、三重県志摩市磯部町上之郷に鎮座。式内社論社で、志摩国一宮。 皇大神宮の別宮の一社で度会郡大紀町の瀧原宮とともに、
「天照大神の遙宮」と呼ばれる。

伊雑宮の御田植式は志摩地方第一の大祭で、「磯部の御神田」の名で、国の重要無形民俗文化財に登録されています。宮域の南に隣接するご料田で毎年6月24日(6月月次祭当日)に行われます。鎮座地磯部町の各大字(おおあざ)の人々が毎年交代して奉仕します。極めて古雅な神事で、日本三大田植祭の1つといわれています。式は午前10時から始まり、全て終わるのは午後5時をすぎます。式次第はまず奉仕員一同そろって伊雑宮に参拝、修祓(しゅはつ)を受けて御田に向います。
伊雑宮の隣には神饌を育むための御料田が広がっています。佐美長神社の真名鶴の稲穂がこの稲田の元と伝わっています。
大正時代に楠を伐採したら根元から天井石と鏡や勾玉などが出土。倭姫の遺蹟と思われるが、徴古館の近くに倭姫を遥拝するための神社(倭姫宮の事)を建設中で鏡などは持ち去られこの地の鑑定は官憲に封じられたとのこと。これがその実際の天井石と鏡楠だそうです。
風呂屋の谷 「倭姫命の旧跡地」の東側にある「風呂屋の谷」。風呂屋といっても銭湯ではなく、昔は伊雑宮に参拝する前ここで身を清めた場所。
伊雑宮は、一般には「イゾウグウ」ともよばれ、皇大神宮(内宮)の別宮であり、古くから皇大神宮の遙宮(とおのみや)と称せられています。
手水舎
根本が膨らんだ形状から「きんちゃく楠」と呼ばれている。
創立は、約2000年前の第11代垂仁天皇の御代です。皇大神宮ご鎮座の後、倭姫命(やまとひめのみこと)が御贄地(みにえどころ=皇大神宮へ奉る御供物を採る所)をお定めになるため、志摩国をご巡行の際に、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)が奉迎して、この地に当宮を創建して、皇大御神の御魂をおまつりしたと伝えられています。
『万葉集』に「御食(みけ)つ国、志摩の海女ならし、真熊野の小船に乗りて、沖辺漕ぐ見ゆ」とも歌われているように、志摩の国は風光麗しく、海産物に富み、古来神宮と朝廷のご料を貢進した地です。
本殿