出雲国 式内社


河邊神社

御祭神の稲田姫命が懐妊し、お産によい場所を探し求め、この地に来て「久麻久麻志規(奥まった静かな)谷間である。」といわれて、ここをお産の場所と定められたことから「熊谷」という地名になったそうです。

往時は、境内二十五間四方本殿より鳥居までの参道の長さ約六十四間(一一五米)あったが、明治六年の洪水により境内流出 堤防構築等により、風致大いに変わった。明治三十八年上熊谷地区に鎮座せる正八幡宮、海原神社を当地に合祀、明治四十四年に並列的に建てられていた三神社を現在の相殿として。
その後、老朽化し、昭和四十二年十一月遷宮を執行し今日に至っている。
阿象
拝殿
立派な注連縄
本殿